「ひろしまトリエンナーレ2020」で事前検討委員会を設置する方針を県が示した。昨年の「あいちトリエンナーレ」での「表現の不自由展」のような騒動を回避するのが目的だろう。あいちトリエンナーレの補助金は減額支給となるようだ。私は「表現の不自由展」が様々なメディアで取り上げられ、批判の対象になっていた際、テレビ朝日のある番組で女性アナウンサーが「こういう展覧会がしたいのなら、税金を使ってではなく自分達のお金ですれば良いんですよ」と憮然とした表情で発言したことを覚えている。彼女は自身のアナウンサーとしての報道の自由、言論の自由が何によって担保されているのか全く理解していないようだった。彼女の発言が正しいのなら、各テレビ局はスポンサーの意に反する報道は全くできなくなり、もはや価値中立な報道など不可能となる。もっとも、彼女が「報道の自由」というものは理想論の中にしかなく、現実はスポンサーの意に添った報道しかできない、と考えているのならそれは「正しい」発言である。
私も日本の報道番組、新聞をはじめとする各メディアが、価値中立的な報道をしている等とは考えた事もない。それどころか日本にジャーナリズムは存在しないとさえ考えている。戦後、長く平和が続いた日本では、報道の自由どころかそれらの土台となる「民主主義」について考える機会さえもどんどん失われていている。
日本は先進国であるが、決して報道の自由度が高い国ではないし、そもそも多くの国民は国際情勢やそれにまつわる政治に対しあまり興味を示さない。
例えば去年、香港で「逃亡犯条例」改定案を巡るデモが行われ、それは今も続いているが、2020年に入り日本では経過がほとんど報道される事はなくなった。2019年当時も日本人のほとんどは驚く程このデモに対し無関心であった。当時香港の「逃亡犯条例」改定案を巡るデモは苛烈を極め、2019年11月8日、初めてデモの参加の最中に犠牲者が出たことが公式に確認されたが、その際もテレビや新聞ではまるで交通事故でも報道するような、随分あっさりした報道だった。犠牲者は香港科技大学の22歳の男子学生だった。
11月8日以降の香港デモの混迷と、それに対しての日本人の無関心さについては、ジャーナリストの福島香織氏が書かれた「日本人が香港デモに無関心のままではいけない理由」に分かりやすくまとめられているので、良ければご一読頂きたい。
福島氏の記事でも言及されているが、これら香港の一連の出来事は、もう少し地域と時間を巨視的に設定してみれば、第二次世界大戦後から続く「開かれた自由主義社会」と「管理された全体主義社会」の対立である。しかし、各メディアはこの事に対しても踏み込んだ解説や報道はほとんどしなかった。
2019年11月末、林鄭月娥行政長官が「香港区議会議員選挙」を行う事を宣言する。私はたまたま車の中でラジオを聴いていたのだが、その番組内で香港デモが話題に上がり、担当のラジオパーソナリティが「条例撤廃の要求は通ったのだから、今デモを辞めないと辞め時を失う。最初の頃と違って今は不満を持った学生が暴れているだけのように思う。」といった旨の発言をした。日本のメディアが香港のデモについて報道する際、「生活に心配のない学生が暴れて、市民の多くが迷惑をこうむっている」といった認識で語られることがとても多かった。私はそのラジオの発言と前後して、他のメディアでも似たような発言を見聞きし、都度愕然とした。
そこには自由と民主主義を論点に語ろうという意思は皆無であった。
香港がイギリスから中国に返還されたのは1997年であるが、その後50年間は一国二制度を採用し、外交と国防を除き高度な自治が約束されていた。それが「逃亡犯条例」改定案によって脅かされそうになっている、と市民が危機感を持ったところからデモはスタートしている。しかし、2014年の雨傘運動でも、中国による言論封殺への危機感は叫ばれていた。
もっとも、それらの危機感は香港だけではない。雨傘運動の少し前、ほとんど日本で報道された記憶はないが、台湾でも中国に対してのデモが行われていた。当時(今も)台湾の産業の空洞化は、一部の面で日本以上に進んでおり、大企業の工場は中国に移転していた。九割以上と言われている台湾の中小企業は、中国資本の進出、浸透によって壊滅的な打撃を受けていた。その中でこのまま中国に飲み込まれてしまうのではないか、という漠然とした不安が顕在化し、立法院(日本の国会議事堂)がデモ隊に占拠されていた。ひまわり学生運動である。日本のごく僅かな報道では単に「台湾立法院の占拠」と報じられることが多かったようだが、ネット上ではニコ生で院内の様子がアップされていた。
雨傘運動のトリガーは、香港で導入予定であった香港特別行政区行政長官選挙の1人1票の「普通選挙」が、のちに候補者は指名委員会の過半数の支持が必要であり、また候補は2-3人に限定するという中国の政治的意思が反映されやすい内容に変更された事であった。ひまわり学生運動では台中間のサービス分野の市場開放を目指す「サービス貿易協定」がトリガーとなった。前者は香港への政治的な、後者は台湾への経済的な影響力を中国は強めようとしているのではないか、そういった漠然とした不安が顕在化したと言える。
今や超大国と呼ばれる中国は資本と政治を両軸に、他国、他地域に強い影響力を持つようになった。恐らく、今の日本政府は中国のような国民に対して強い政府を目指しているのだろう。そのためにいくつかの法律も変更された。国民や企業を強くコントロール出来れば、市場も幾分操作し易くなる。そしてその経済力をベースに他国に対しても優位を築こうというのだ。要は中国の真似をし、経済大国に返り咲きたいのである。中国の経済政策と国民統治は非常に上手くいっている、というのが日本政府の評価と本音だろう。
私たちは、韓国などでは成立した「経済の繁栄が民主化を促す」というモデルが、破綻してしまった時代に生きていると認識を改めないといけないのかもしれない。
今、我々は「民主主義」とは何か、「言論の自由」とは何か、と問われた際に、自らの血の通った言葉で説明出来るだろうか。
我々は言語によって自らと世界を分節している。自らの言語の限界が、また自らの世界の境界なのである。言い換えれば、「名付けられること」によって、初めてそれは意味を確定する。名付けられる前の、「名前を持たないもの」は実存しない。
「私たちが考えることのできないものを、私たちは考えることはできない。それゆえ、私たちが考えることのできないものを、私たちは語ることができない。(……)世界は私の世界であるということは、言語(それだけを私が理解している言語)の境界が私の世界の境界を指示しているということのうちにあらわれております。形而上学的主体は、世界に含まれているのではありません。それは世界の境界なのです。」ルートヴィヒ•ウィトゲンシュタイン『論理哲学論』山元一郎訳、「中央公論 世界の名著58」1971年,319-320頁
言葉を知るまで知らないものがある。「花は美しい」と言うけれど「花」も「美しい」も未知の言葉なら、美しさはおろか花さえ見る事はできない。
先述の若いアナウンサーもラジオパーソナリティーも、なぜ自身がメディアで話せるのか、その根本を保証するものに対して考えたことも無い様だった。もはや言論や思想の自由について語る事は、日本では本質を伴わず形骸化している。我々は自由を語る時、日常の範囲にある語彙で語ろうとするが、それでは語彙が足りず意見を交わす事も、議論する事も出来ないのだ。「語られるもの」は、その複雑さに見合う「語るべき言葉」を要請し、それが承認された時のみ概念となる。
今、「開かれた自由主義社会」と「管理された全体主義社会」の対立の結果が、我々の未来を大きく左右しようとしている。我々は自由について語る言葉も思考する言葉も失っているが、その自覚を持つものは僅かである。だからこそ我々の語る「自由」は貧相で、目の前の自由が少しずつ削り取られているにもかかわらず、自身は自由である、と無謬に信じられるのだ。
BBC写真で見る「香港デモ、怒りと絶望に満ちた6ヶ月」