DAISUKE MAEDA

/blog/2023.09.05

ホーム・スイート・ホーム展(国立国際美術館) レビューfeat.重力の光

ホーム・スイート・ホーム展(国立国際美術館) レビューfeat.重力の光

例えばそこから逃げ出したくて仕方が無い人がいて、逃げなければならない人達がたくさんいたとして、地平線の彼方まで逃げてその先に逃亡者の集落をつくろうとしたとする。その時にどういった類の想像力が集落を実現させ得るのだろうか。その世界では生きることができなかった者たち、「逃亡者達の集落」である。その集落の実現は、おそらくフィクショナルな物語を構成員全員で共有する事によって初めて可能になるのではないだろうか。それは何もないところから一つの集落を、新たにもう一つの現実を、世界を作り上げる駆動力になりえる物語である。きっと神話の如く荒唐無稽な、だからこそ強い力を持ち得る「虚構が支える現実」であることだろう。どの国にも建国神話があるように、それがなければ革命の物語があるように、集団の根幹は現実に比肩しうるリアリティを伴った虚構によって支えられている。集団に共有された幻想は、やがて「現実」として出来する。

国立国際美術館(大阪)のホーム・スイート・ホームで展示されていた石原海の映像作品「重力の光」を鑑賞した時、私はその様な曖昧な事をぼんやり考えていた。


この映像作品は困窮者支援を行う北九州のキリスト教会に集う、人生に傷ついた人たちがキリストの受難劇を演じながら、それぞれが歩んできた苦難と現在の状況を語る様子を劇の合間合間に差し込んでいくという形のドキュメンタリーである。受難劇を演じる当人たちの演技は決して上手とは言えず、ひたむきに演じてる訳でもない。セリフも「読んでいる」感じがするし、衣装もサイズこそ合っているものの全く別の立場の他人のものを着ているようでその演者に合ってはいない。

そんな彼ら彼女らが、自らの苦難を語る場面になると熱が籠り、血肉の伴った言葉を口にする。中には十年以上昔のことなのにまるで先刻あったことのように鮮明に話す者もいる。それは彼ら彼女らの受けた苦難がその時から現在まで継続して、あるいは胸の中で何度も繰り返し起こっているのだと推し量るに十分に思えた。

あまりに強い心的外傷を負うと、人はその記憶を忘れようと努めるそうだ。記憶とは不思議なもので、本人が体験した事実に対し正確さよりも主観が優先され、同じ事柄を体験していても人により事実の捉え方が変わる。幻聴や幻覚、忘却といった存在しないはずのものもまた体験として残される。遠い昔のその人しか知りえない「記憶」というものは、どこまで事実を含んだものなのだろう。しかし、それは当人にとっては揺るぎない、何年経ってもリアリティを失わない身体に深く刻まれた経験という名の現実である。

この「重力の光」の中で演じられるキリストの受難劇のストーリーと、演者個々人の歩んできた苦難の歴史の語りはところどころで重なる。受難劇では神の子イエスを信じることが出来ず迫害し、試すような民衆のセリフがあるが、これは各演者が、個人史のなかで共通して語る何が正しいか分からなかったがゆえに苦難を避ける選択ができなかった、と語る部分に重なる。それらの重なりは受難劇ではイエスを裏切り磔にした結果の罪として、また各演者の個人史の語りの中では取返しのつかない失敗の結果の心的外傷という形に展開され、受難劇のイエス役が磔にされる際の「この者たちをお赦し下さい、彼らは自分で何をしているのか分かっておらんのです。」というセリフでピークに達する。

幻聴や幻覚のような存在しないものまで記憶に留め、それらからの経験を頼りに個々人が教訓を引き出し、学ぼうとする我々は、基本的に何が正しいかを検証する手段など持たない。そうであれば、記憶や経験、忘却を拠り所にした我々にとっての現実/虚構とは何であろうか。またそうしたものを手掛かりにしたときの、何ものかがリアルであり、また何ものかがリアルではない、という判断はどこまで「事実」に即した形で成立するのだろうか。

「重力の光」で注目すべきは、受難劇中の演者のセリフと北九州のキリスト教会に集う人々の個人史を語るセリフの多くは、入れ替えてもどちらのストーリーも大きくは破綻しないという点である。セリフ自体は物語(受難劇)と現実(個人史)の間を何事もないかのように行き来できる。それは、キリストの受難劇と北九州の教会に集う人々それぞれが語る個人史は(細かい状況や時代的背景は除いて)ほぼ同じ進行と展開を見せているということだ。受難劇中拙い演技としっくりこない衣装が原因でペテロやヨハネになり切れない演者の彼ら彼女らが、劇の合間に個人史を語る中でそれぞれの内面を開示し次第に固有名詞を強くしていく。そうした中で、受難劇でも現実の彼ら彼女らの個人の内面が物語/現実の境界を侵食し前面に押し出され、役としてのペテロやヨハネはいなくなり、やがて北九州の教会に集う人々それ以外には思えなくなる。そこに気付いた時、受難劇と個人史の語りは、どちらが物語でどちらが現実であったのか、この作品を鑑賞している我々の判断を攪乱する。

ここで演じられているのは「キリストの受難劇」ではないのかもしれない。これは「キリストの受難劇」の姿を借りた、彼ら彼女らの身に起きた苦難のストーリーの再演である。ここで、「受難劇」と「個人史の語り」の境は取り払われ、双方は完全に重なり合い、一致する。

「キリストの受難劇」では最後にキリストは磔より三日の後、復活する。

現実では救世主は不在、「未だ来たらぬもの」である。しかし、救世主の不在こそが、ずっと不在であるにもかかわらずその席がそこにあるそのこと自体が、救世主がやがて現れるという契約であり、それを事実として受け入れ畏れ敬うことが出来る人の中でのみ「神」という概念は受肉するのではないだろうか。その契約が、未来があるからこそ、彼ら彼女らにとって世界は生きるに値する。「キリストの受難劇」は単なるフィクションではなく、どの時代も現実に繰り返し行われ配役を替え演じられてきたストーリーであり、最後に救い主を求めるという結末が希望を生み出し現実に干渉しつつその一部を作り出す。「虚構が支える現実」として機能するのである。それは近年の「post-truth」とは全く別の形で現実を書き換えるものである。

そう思えた時、北九州のキリスト教会は彼ら彼女らを困難や抑圧から守る「家」へと成るのだ。無論、そこで暮らす人々同士に血の繋がりはない。虚構が支える現実が彼ら彼女らを家族に近い親密な関係にし、そこに「家」と呼びうるものを出来させるのだ。これは、それぞれ困難な人生を歩んだ者たちの、お互いを守るための大きな「家」が現れるその過程を描いた作品ではないだろうか。「家」を築く物語ではない。そこに「家」が現れる物語だ。

他人から差し伸べられる形のない優しさがわずかでもあれば、厄災や困難は避けられたのかもしれない。お互いの傷を愛せたのかもしれない。あの時、そのような「家」があったのであれば。