DAISUKE MAEDA

/blog/2019.04.20

美術史が停滞している その2

美術史が停滞している その2

前回からの続き

さて、席次表である。私はデザイナーに倣い、条件を整理する事にした。まずクライアントである愚弟の要望を聞かないといけない。聞いてみたところ、「サイズはA2、春らしい雰囲気で」と告げられた。

そもそも席次表はご出席頂いた皆様全員に配るもの、というイメージが強かった私は、弟の言う大きなサイズの席次表、という物はいまいちしっくり来なかった。そこで、愚弟の思い描いているものからかけ離れてもまずい、と思い、参考になるようなイメージ、画像を送ってくれるよう依頼した。それがこれである。

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小さすぎて字が読めない。かつイメージを伝える気持ちが全く感じられない。なめられている。これは換言すると「なんか適当にいい感じのもの作っといてな!」ということだろうか。全く気は進まないが期日が迫る。兎に角当たり障りのないラフイメージを作り送った。(実際は名前が入っているが)それがこれである。

スクリーンショット 2019-03-27 21.29.40

我ながらもう少し何とかならなかったのだろうか。

残念ながら何ともならない。しかし全力は尽くした。そもそもイラレが何年使っても上手くならない。加えて、こういうものを作っている時いつも思うのだが、私の作る物は二昔ほど古い気がする。

それらの雑念を何とか無視しながら、デザイン(のようなもの)に取り組んでいた私はここで一つ引っかかる事が出て来た。A2って小ちゃくない?と思ったのだ。会場がどれくらいの大きさか知らないが、ご列席の皆様は字が見えるのだろうか?文字の大きさは5〜6mmである。読めるわけないやんけ。そう思った私はもう勝手にA1にサイズを変えた。

そしてそれとは別に、もう一つの懸案事項であるデザインの不味さを何かで埋めなければならない。しかしそれは原理的には埋める事など出来ない欠落である。不味いデザインはどうやったって不味いのである。このまま普通に出力しただけでは間が保たない。しかし何とかしなければならない。だって慶事である。私はある奇策に出た。半立体にしよう、と唐突に思いついた。工芸的な要素を足せば、手数が増えれば、少しは間が保つかもしれない。今振り返れば間抜けな考えである。日本人はすぐ技巧に逃げる。そして出来上がったのがこれである。

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追いつめられた人間とはおかしな物で、イラレでデータを作っている時は、自動のカッティングマシンでパーツを切り出すつもりでいた。データが出来上がってから、カッティングマシンなんてこの部屋のどこにあるんや!!と気付き、カッターナイフを1本握りしめたのである。

もう少しかわいい物を作れば良かった、と反省している。しかし、作っている時は、形状や色の検証まで手が回らない。カッター1本では作業効率があまりにも悪い。いや、このカチっとした雰囲気は、愚弟の年齢や職業、性格、会場をもとに決定したのだ、いわゆるペルソナに準じた結果だ、と自らに言い聞かせてつくった。

そしてとりあえず完成させ、送った。間に合った。これで良かったのだろうか?やはりもっとかわいく作ったほうが良かったと完成してから後悔する。このような拗れた自意識も、私がデザイナーに向いていない点だろう。とにかくおめでとう。暖かい家庭を築いてもらえれば、もはや出来ないデザインをさせた事は何も言うまい。

ところで、私が盛大に時間と気力をかけ席次表を作っている間、美術関係の友人、知人には様々動きがあった。3月のこの時期、大きな公募展やアートフェアが行われるのだが、まずは公募展である。「岡本太郎現代芸術賞」では國久真有さんが特別賞を受賞し、「FACE2019損保ジャパン日本興亜美術賞」では奥田文子さんが優秀賞を受賞した。私は國久さんの「よかったら見に来てね!」の連絡に文字を打つ指をふるわせながら「観に行きます」と返信し、奥田さんには同じく震える指で「おめでとうございます」と送った。

さらに、たまたま立ち読みした「アートの値段」と題されたPenでは、京都のアートフェア「ARTISTS’ FAIR KYOTO 2019」が特集されており、黒宮菜々さん、石原梓さん、香月美菜さんの作品が載っていた。思わず、「おれのとこにも取材来いよ!」と心の中で絶叫したが、席次表を作っている男のところに取材は来ない。もちろん賞ももらえない。

ようやくタイトルの回収である。私が絵を描かない限り、美術史が停滞する。大きく出た。もちろん私抜きでも勝手に優れた作品は見出され、美術史は紡がれるのだが、なんか少しでも関わって「アート」なるものに影響を与えたいのだ。なぜなら本来の私は、◯◯賞をとったよ、とかアートフェアに出品するので良かったら見に来てね、とか言う方の人間なのである。前述の才能ある方々に一歩もひけを取らないはずである。いや、言い過ぎた。さすがに黒宮菜菜さんには一歩劣るかもしれない。

上手く言えないけれど、ジョッキで煮え湯を飲まされ続けながら慶事に参加したような、うれしいのだけれどとにかく悔しい3月であった。