現在、コロナウィルスでまさかの緊急事態宣言の真っ只中である。若干落ち着いてきたとはいえ、世界はパンデミックである。映画とかマンガの中だけの出来事だと思っていた。連日海外の感染状況が報道されており、外国では都市封鎖されたり外出禁止令が出て、それを緩める、緩めないと各地で揉めているようだ。不用意に外に出ると罰金や拘束の対象である。企業も飲食店も営業を制限されている。
日本では海外よりも「緊急事態宣言」の力が弱いので割と自由に日常品の買い物に行けたり、気晴らしの散歩に行けたりはする。小池都知事から「ロックダウン」の発言があった時はめちゃくちゃびっくりしたし、それこそ映画ではないか。とは言え強制力が弱いのは市民の立場からすると生活する上で気分的には楽である。それを良い方向に捉えれば、めちゃくちゃ良い方向に捉えれば政府と市民の間に信頼関係があるということになる。ただ、強制力がないが故に、都市部から地方にコロナを避けて逃げた人が感染を拡げるリスクを高めただとか、海岸などでは他県からサーファーや釣り人が集まってるだとか、暇な人がパチンコ屋に行列を作ったとか、感染防止上良くない報道が連日されている。本来なら禁止したい行動が法的強制力を以って禁止できずにいるのだ。
こういう事態になると必ず出てくるのが多少基本的人権を制限しても政府の権限を強めた政府の方が事態を上手くコントロールできる、という主張である。現に一党独裁の中国政府はうまく事態を収拾させており、民主主義的な欧米の政府は甚大な被害を出している。中国は強硬な都市閉鎖や、わずか数日での病院建設と医療資源の集中という、強い権限を持っている政府だからこそ可能な政策を実行して事態を収拾してみせた。
日本ではそのように報道されているが、対照的に国内では緊急事態宣言以降も上手く感染者が減らず、それは感染リスクの高い行動に対して罰則を課すことができない強制力の無い「自粛要請」しか出せない事が原因ではないかと言われることが多い。
確かにそうかもしれない。日本がそれこそ昭和戦中のような強権国家であれば、都市を封鎖し県境を超えることを禁止し、パチンコ屋に並んだ人々を逮捕できるだろう。病床が足りなければ土地を接収し、一気に病院を立て病床を確保すれば良い。それも一つの解決方法である。
一度シュミレーションしてみよう。私は大阪在住なので「大阪ロックダウン」である。まず県境を封鎖するには警察だけでは人手が足りない。警察は府内のパチンコ屋や南港の釣り人、季節的にいちご狩りをしている人々を取締る為にパトロールに行くからである。県境を封鎖するのは自衛隊にやってもらおう。監視には大人数が必要だ。彼らの一部隊が大阪と京都あたりの境目あたりを監視する。多分枚方とかで1号線か第二京阪を見張る。大阪から逃げようとする住民がいれば発見し、取り押さえるのである。また京都から食糧を売りに行こうとする密売人も拘束しようとして取っ組み合いになるかもしれない。なんとか捕まえて尋問もするだろう。それを何回か繰り返しているうちに彼らは感染するのである。そもそも、監視する側は一箇所に何人も集まって同じものを食べて日々の任務をこなす。一人感染すれば監視どころではなくなる。
警察の方のパトロールだって大変である。車に二人乗りだって感染リスクはあるのに、パチンコに並んだり、釣りをしたり、いちご狩りをしている人に罰金刑を科すためには、少なくともそこに集まっている人数に近い数の警官が現地に赴かねばならない。警官2人とかだと簡単に逃げられてしまう。パチンコ店内と移動中の警察車両の密集度はどちらが高いか、私には判断がつかない。
病院が足りない=感染者が多く出た、地域に数日で病棟を建てようと集めたたくさんの大工さんや職人さんがその病棟に入院することにならないのだろうか。
ちょっと考えただけでも上手くいかないのではないかと思うが、仮にそうだとしてもシュミレーション下の強権な日本政府ではそんな報道はされない。強権国家には政府の立場を危うくするような「言論の自由」も「報道の自由」もないからである。そうこうしている間に国内に感染は拡がり死亡者も出るが、同時に集団免疫も獲得するので騒動はおさまる。あとは報道をコントロールし、日本政府が上手く事態を収拾した印象を持たせれば良い。幸い、致死率は高く無かった。
いや、このようなシュミレーションは極端だ、という反論もあるだろう。しかしよほど上手く規則を設定したり、罰則を設けても事態はさして変わらないのではないか。逃げようとする人を拘束したり、押し問答したりしている間に感染者は出る。事実、都市封鎖したり外出禁止に罰則を設けた諸外国でも感染は拡がったではないか。政府の権限を強くすることが、本当に解決に繋がるのだろうか。
今でも日本では多くの人々が「自粛要請」に従い、外出は減っている。あとは政府が企業や商店の「休業補償」をすればパチンコ屋や飲食店に行く人がさらに減り解決に向かうのではないだろうか。強権的に都市封鎖するよりよほど現実的である。
私は政府の権限を強くすべきだ、と主張する意見を責めたいわけではない。ただ、権力を強化しても解決に向かわないだろうし、それ以外での解決方法もあるだろうと思うのだ。
それと併せて、日本を含めた「強権的な独裁国家」が前世紀に何をきっかけに登場し、何をしたかは知っておくべきだと思う。権力は必ず腐敗するし、小さなきっかけで暴走を始めた権力はなぜか止めようがない。「キリングフィールド」はあれだけ残酷なシーンがあっても、3割ほどしか現実を映像化できていないそうである。私はカンボジア出身のバンディ•ラッタナの「独白」という映像作品を観て以降、マンゴーを好んでは食べなくなった。ジョージ•オーウェルの「動物農場」や「1984」は吐き気がするような小説であるが、しかし自由を奪われた社会というのはかくの如きだろう。
人々の権利を強権的な政府が抑制する。政府の権限強化を主張する人達は、強権的な政府を何で縛ればよいと考えているのだろうか。法律では縛れない。法律も強権的な政府が作り、執行も強権的な政府がするようになる。自由は制限される。
ならばそれとは逆に、未知の病気の兆しが現れた時にはその情報を広く発信し、専門家の議論を促す「言論の自由」が担保された民主主義的な社会を維持し、パンデミック自体を未然に防ぐことが、次善の現実的な対処である。