近代の終焉が叫ばれて久しい中、デザインや美術、マンガやアニメ、映画などの「文化」と呼ばれるカテゴリーでは確かに近代という時代は遥か過去の物になったのだなと実感する機会も増え、個人的にはうれしい限りです。
思えば、2000年頃には既に「モダニズムとは何だったのか?」とか「近代は終わった」とか大仰に言われており、それを普段の生活の中で散見、実感出来るようになるまで15年が費やされているのか、と思うと時代というのはこちらが思っているよりも足が遅いのだなと感じる。
僕は「近代」という価値観に違和感を覚えずにはいられません。合理性と効率性を第一に追求し、普遍性を信仰する。弱さや多義性、多様性を許容しない。自分たちの正しさを妄信することで一切の他者をシャットアウトする事ができるそのような価値観をどうしても好きにはなれないのです。
美術における「近代」というものをとりあえず横に置いて、乱暴である事を承知の上であえて日常に引きずり下ろし口語的な説明をするとすれば「古き良き昭和の価値観」もまた近代的な価値観と言えると思う。良く言えば「重厚で男らしい」、身も蓋もない言い方をするなら「重苦しくおっさん臭い」価値観です。あまりに限定的すぎて適切かどうかわかりませんが、例えば「男のメンツ」や「男の意地」と言った言い回しで使われ、それを主張する事で小さな事にも融通が利かなくなり、逆説的に自身の女々しさを浮き彫りにしているあの価値観です。
企業や社会の中には、平成も後半に差し掛かっている今もまだこの手の古くさい価値観は根強く残っていて、この4月に全国の美術系の学科、学校を卒業し、企業に就職した人たちは社会の慣習に対し、「なんでこんな制度なんだ??」とか「いったい何を言ってるんだ??」となる場面も多いと思うのですが頑張って下さい。
例えばあなたが、「労働を義務とし、働けないものを甘えだと糾弾し容赦なく切り捨てる。そんなのは理不尽だ!それでは生きる事の本質を見失う!!」と主張したとしても未だ近代的な価値観が多勢を占める日本ではその主張は届きません。
美術の価値の一つは、「みんなは正しいと思う。だけどもしかしたら間違っているかもしれない。だからみんなとは違う視点でもう一度見つめ直してみる。」というスタンスで物の見方を提出し、周りの価値観そのものをアップデートしていける点に有るのだと思う。少しでも世の中が良くなるために。