DAISUKE MAEDA

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2015年12月の投稿一覧

そしてアートは世界が文化的である事に加担する

今ではアートという言葉も耳に馴染み、日常の中で使われていようと違和感を感じなくなりました。しかし、今から10年程前は『アートって語は何を指してるん?』とか『芸術とアートはどう違うん?』とかいう事も頻繁に言われていました。

「アート:“芸術”が終わった後の“アート”」(松井みどり著 朝日出版社)では大きな物語の終焉後、つまりイズムで一括りに出来ない程傾向が多様化した小さな物語の氾濫を「アート」と呼ぶ、的な事が書かれてあったように記憶しています。

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最近では「アートと美学」(米澤有恒著 萌書房)という本の中で「アートって語はなんなん?」と美学が専門の米澤有恒氏が書かれていて、実制作がメインの私はアートという言葉の出自が美学では無い事を初めて知り驚いたのです。てっきり美学から出てきた言葉だと思ってました。

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その本の中で、氏は「芸術」は確かに美学の射程圏内ではあるが、はたして「アート」に対して有効なのか?「アート」とは何なのか?といった事を書かれていました。この慎重な姿勢、問題意識は実制作者も当然持っていて然るべきですが(私も含め)ほとんどの実制作側の人間は無頓着です。

確かに、現在の作品は芸術よりも「アート」という語がぴったりとくる程軽妙でお洒落です。

例えばお洒落なバーの壁に、李禹煥さんのストイックな作品、もしくは白髪一雄さんの熱く重苦しい抽象画が掛かっているよりは呉亜沙さんの「Whereabouts」シリーズとか竹中美幸さんの作品があった方がお客さんのお酒も進みやすいでしょう。もし店内に故・田中敦子さんが電球を纏って現れたらもうお酒どころではありません。

どこまでも孤高であろうとした芸術はこの半世紀で親しみある「アート」となり、我々の生活にとけ込みつつ有ります。それが果たして芸術にとって好い事なのか?それとも自らの意味を失う事に繋がってしまうのか?それらについては現時点での判断を留保したいと思います。

「文化的」である事が芸術の使命では決して有りません。しかし、「アート」なるものが「オシャレ」で有る事とこちらが思っている以上に親和性が高く、無意味に「文化的」である事とも地続きである事を踏まえれば、自分の作品が今回のブログのタイトルのようになっているのではないかと、内心戦々恐々なのも事実です。

 

展示のお知らせ LIFE LABO BLD

来年、2月16日〜 21日にLIFE LABO BLDという複合ビルの2Fで展示をさせていただきます。

このLIFE LABO BLDというのは1Fがワルンというカレー屋、2Fがフリースペース&バー、3Fがヘアサロンとういう構成になっています。

カレー屋さん美味しそうです。

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場所的には北堀江、長堀通りとあみだ池筋の交差点から一本入ったところ、といった感じの場所です。土地的にも空間的にもおしゃれスペースです。

展示スペースとバーが繋がってますので、夜はお酒を飲みながら絵を観る事も出来ます。

お近くに来られる事が有ればぜひ!