DAISUKE MAEDA

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2018年6月の投稿一覧

アートを構築する語彙

80年代の終わり頃、もしくは90年代の始めの頃だったでしょうか。

当時私は小さな子どもで、大阪の鶴橋近くに住んでました。ちょうどその時、同じ場所で、かの森村泰昌氏がゴシックな女装をし、周りから奇異の目を向けられながら、何かよく分からないビラを配っていたのでした。当時の映像や画像が残っているかと思いネットを探して見ましたが、残ってないものですね。

森村泰昌(MのセルフボートレイトNo.56/B

昔、大学の授業でその様子を記録した映像を見ましたが、今でこそ観光地と化している鶴橋ですが、当時はまだ様々な社会的マイノリティが暮らしており、日本とは思えないほど異質な場所であったにも関わらず、そんな中でさえゴシックに着飾った女装の森村氏が一人完全に浮いてました。一番印象的だったのは、森村氏からビラを手渡されたパンチパーマにサングラスの、いかにも反社会的な強面の腰が完全に引けていたことです。

鶴橋という街は、(もちろん日本人もたくさん暮らしてますが)済州島四三事件から逃れて来た人達が暮らし始めた街、という風に聞いています。今でも駅を降りれば焼肉の煙で溢れ返っていたり、日本語以外の言語も聞こえてきます。

さて、様々な社会的マイノリティの人々は、今も昔も当然のように社会の中での立場が弱く、それ故謂れのない誹謗中傷に晒されることも少なくありません。当時の森村氏の装いは、ゴシックであることも、女装であることも思いっきりマイノリティでありその上さらに「異常」と見なされるものであり、完全に気持ち悪がられていました。その映像の中に映る、遠巻きに見ている人達の中には、国籍に関わらず、当時の社会制度や慣習により不当に不利益を被っていた人達も居たはずですが、そんな人達でさえ「こいつ完全にやばいやん!」って侮蔑を含んだ目で森村氏を見ていました。当時子どもの私がその場に居れば、変態やー!!と思いっきり思慮浅い言葉を投げて逃げていたでしょう。すべての人間に無意識的な差別意識が存在することを可視化した森村氏は、その後世界的に有名になります。

第二次世界大戦後、ユーラシア大陸側であった数々の戦争や紛争も、ある程度の落ち着きを見せ始めた80年代当時、数多くあった列強の植民地の独立も叶い、ポストコロニアルの文脈と1セットで、「差別」というテーマは現代美術の中でも大きな位置を占めていたようです。それは90年代から00年代前半くらいまで確かにそうで、当時同じ文脈でもう一つ、「ポリティカリーコレクト(Politically correct)」=政治的正当性、という言葉をよく見聞きしました。昔は今より、少しだけ厳格な言葉が多かったように感じます。

そこからさらに時間が流れ、00年代の中頃から後半にかけ、日本の現代美術の作品は明るく、ポップで個人的なテーマを中心とした作品が現れます。この頃から「現代美術」という言葉より、「アート」という言葉が目の前の作品をしっくり呼称していると感じるようになり、それと軌を一にするように、ポストコロニアルも政治的正当性も、厳格で政治的な響きを携えた言葉は「アートを構築する語彙」の中では周辺に追いやられたように感じていました。

しかし最近、久しぶりに「ポリティカリーコレクト」なる言葉を聞きました。しかも政治もアートも関係ない文脈で、ご飯を食べてる時の割と世間話っぽい会話の中で出たのです。厳密に言うと、それは「ポリコレ」と略されていましたが…

そういう略し方があるのは知っていましたが、ネットスラングとか皮肉でブラックな冗談ぐらいに考えていました。まさか「政治的正当性」が「ポリコレ」「ポリコレ棒」になり、日常会話の中に登場する市民権を獲得する日がやってくるとは、私は思いもよらなかったのです。

その言葉を使う人たちは、背後に暗さと、それを退けるための厳格さの張り付いた「政治的正当性」という言葉を、「ポリコレ」と略すことの「政治的に正当な」理由があるとでも思っているのでしょうか。初めて「ポリコレ」という言葉を知った時は、ゲームとかグラフィックデザインとか、そっちの界隈の言葉と思ったくらいです。最近はアートを語る語彙、文法だけでなく、日常のあらゆる言語感が口当たりよく、意味が削がれその分軽く、使いやすくなっているように感じます。時代の流れを考えれば、それはまた不可逆な事象なのかも知れません。

今、こうして振り返れば、当時の森村氏の作品=パフォーマンスは、日本の「現代美術」に見られる独特の口あたりの悪さ、文法的な歪み、すべり芸的なずっこけ感が全て詰め込まれていますが、それらとの対比で、コンセプトの重々しさ、厳格さが際立っていました。そしてそれは、現在の「アート」という、軽い言葉の内で語られるにはあまりにも、非抑圧者達の悲しみが深く染み付いた内容でもあったのです。

今では「現代美術」という言葉はほぼ使われなくなり、多くが「アート」という言葉に置き換わっています。しかし生まれて間もないこの言葉は、どこからどこを指し示すのか未だその範囲も怪しく、また自らを語るための語彙も少ないが故に、人間のどうしようもない暗さを包括する為の深さも足りません。これから範囲と意味を拡張、更新していかないといけない概念でもあるのです。

少なくとも、「アート」という概念を、「ポリコレ」という語彙の類いで語ろうとすることだけは、誰も許されないのです。