DAISUKE MAEDA

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2019年4月の投稿一覧

きっとあなたは忘れてしまう

この数年なんとなくだが、空気が変わった。時代の、と言えば幾分大げさだが、何かそういった世の中全体を覆うものが変わった気がする。

それは美術やアートと呼ばれるカテゴリの内側で考えてもそうで、一昔、二昔前には確かにあった「これはどの辺がアートなのか?」と思わず首をかしげるような、領域越境的な作品を見る頻度が、急激に減った。代わりに、随分ストレートな、分かり易い、どこか既視感のある作品を見る機会が増えた。つまり保守的な作品、ということだ。

例えば、10〜15年程前の絵画は、「かわいい」でくくられる作品がとても多かった。それらは2000年前後に台頭した村上隆、奈良美智らを代表とする一連の「かわいい」作品の影響を受けている事は明白だった。

しかし、それら多数の、玉石混合の「かわいい」作品群の周囲には、常に「これはアートなのだろうか?」という否定的な疑問符が付いて回っており、それらの疑問符は批判の反面、「アート」の領域が拡張されている、という事実を示唆していた。「アート」そのもののアイディンティが自問自答され、意味がアップデートされる瞬間にのみ、そのような疑問符は起ち現れる。

ちょうど10年前の日本では、それまでの欧米を規範とした「現代アート」の枠組みから、日本独自の「かわいい」路線のアートへの転換の方向性が色濃く映し出されつつあった。中でも象徴的なのは2009年に上野の森美術館での「ネオテニー•ジャパン 高橋コレクション」展であった。

その展覧会は、私の眼には、「ネオテニー=未成熟な」という欧米では否定的に捉えられる部分をあえて戦略的に前面に押し出し、世界に向けて発信する事で、欧米のアートの文脈に日本独自の立ち位置を確保しようという動きに見えた。それは浮世絵でもなく、オリエンタルでもない、日本が自らのアイデンティティを自らの身振り手振りで発信する、恐らく初めての事態であった。そして諸外国は概ね、この発信を好意的に受け取ったように思われた。

ちなみに、「かわいい論」(ちくま新書、2006年)の中で著者の四方田犬彦氏は、英語で「かわいい」にあたる単語は「cute」や「pretty」であり、それらの語源を遡れば、それぞれ「叡智や機知に長けて抜け目がない」といった意味のラテン語「acutus」や、「ずるい」といった意味の古代英語「praettig」になると述べている。厳密に言うと日本語の「かわいい」とは若干意味の背景、射程が異なるようだ。また英語に限らず「かわいい」に対応する概念、単語は他の国にもなかなか見当たらないらしい。

この頃、私は国立国際美術館の「エッセンシャル・ペインティング」と題された展覧会で「美少女戦士セーラームーン」の主人公が大きく描かれたタブローを見た。作者はヨーロッパ圏の人間だった。何か自分の中のイメージとは捉え方の異なるセーラームーンだな、と違和感を感じたが、それは「ネオテニー」との差異だったのかもしれない。

この「かわいい」を前面に押し出した作品群を、あまり見かけなくなったのはいつ頃からだろう。記憶を辿ってみると、第51回ヴェネツィア・ビエンナーレ(2005年)の日本代表に石内都氏が決定した際、日本は「かわいい」だけじゃない、といった旨の主張を読んだような記憶があり、もしかしたら「かわいい」路線は一方で「ネオテニー」として、一部からは嫌悪されていたのかもしれない。2005年ごろは「かわいい」全盛で、ヴェネティア・ビエンナーレでももっと押せばいいのに、と当時の私は無邪気に思っていた。

前述の「かわいい論」の中で四方田氏が、「かわいい」を一番毛嫌いしているのは上野千鶴子であろう、といっていたが、そう言えば第51回ヴェネツィア・ビエンナーレの日本館コミッショナー、笠原美智子氏もフェミニストだった。

当時の一連の「かわいい」作品群は、確かに未成熟で、幼く、庇護を求めるような弱々しさがあり、それ故一部から反感を買うのは、今となっては理解できる。何よりも男性的な視点で未成熟さを肯定しているようにも見え、それを嫌う人たちは、このようなものが日本の代表的な文化であっていいはずがない、日本にはもっと文化として、立派に海外に発信できるものがある、と言いたかったのかもしれない。

しかし、少なくとも美術に限って言えば、当時の「かわいい」には、それまで我々が目を瞑って見てこなかった、もう一方にある我々自身の文化的に「未成熟」な情けなさを直視させる強さがあった。しかし、それを(当時の)日本文化の現状である、と提示して見せた村上隆氏の実績に対しての国内の評価は、あまりに過少評価である。日本は自身の「未成熟さ」を見せつけられても、そうであるが故に認めることも向き合う事も未だできない。

この数年、「かわいい」という言葉を以前程の頻度で聞かなくなった。以前、建築の分野でも妹島和代や石上純也など、名だたる建築家が建築の検討、講評の際に「かわいい」という言葉を使っている、と知ったときには、従来の芸術分野にそぐわないこの美学が、システムを内側から食い破るのではないか、と真剣に考えたが、それは恐らく私だけではない。

現在、絵画は保守的な作品が以前よりも多く見受けられる。(あえて具体例はあげないが)とても作者が20代とは思えないような古風な作品が注目を集めることも多い。

さて、保守的である事と、安易なナショナリズムが結びつきやすいという事は例をあげるまでもないが、明治や大正を思わせるような「日本的」な作品もまた増えている。2020年には東京オリンピックも控えているが、おそらく、この安易な「日本的」な文化もまた、海外に向け発信されるのだろう。それは「かわいい」を拒否した一部の人たちがもてはやす、立派で伝統ある「日本的」な文化かもしれない。しかし、理想的な人間像が生み出す理想的な文化観というものは、矛盾を突きつけられ、終わったはずのモダニズム的な価値観の残滓であろう。それはどこか演技がかった虚しさと、時代錯誤の付きまとうものでもある。なぜ今、古い時代を焼き直すのだろう。

どちらにしろ、かつて「かわいい」と呼ばれた美学が持っていた一つの可能性が、芽を出した途端に潰えたのだ。それはアートの内側に限って言えば、批評の機能不全が原因であったかもしれないし、我々の現状の文化と向き合えない、無知蒙昧さが原因だったかも知れない。

恐らく、明治以降これまでの各時代の文化的な変わり目で、堕胎してしまった可能性は「かわいい」だけでは無いのだろう。ただ、我々はそれらをすっかり忘れて、コメディのように繰り返しているだけである。

美術史が停滞している その2

前回からの続き

さて、席次表である。私はデザイナーに倣い、条件を整理する事にした。まずクライアントである愚弟の要望を聞かないといけない。聞いてみたところ、「サイズはA2、春らしい雰囲気で」と告げられた。

そもそも席次表はご出席頂いた皆様全員に配るもの、というイメージが強かった私は、弟の言う大きなサイズの席次表、という物はいまいちしっくり来なかった。そこで、愚弟の思い描いているものからかけ離れてもまずい、と思い、参考になるようなイメージ、画像を送ってくれるよう依頼した。それがこれである。

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小さすぎて字が読めない。かつイメージを伝える気持ちが全く感じられない。なめられている。これは換言すると「なんか適当にいい感じのもの作っといてな!」ということだろうか。全く気は進まないが期日が迫る。兎に角当たり障りのないラフイメージを作り送った。(実際は名前が入っているが)それがこれである。

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我ながらもう少し何とかならなかったのだろうか。

残念ながら何ともならない。しかし全力は尽くした。そもそもイラレが何年使っても上手くならない。加えて、こういうものを作っている時いつも思うのだが、私の作る物は二昔ほど古い気がする。

それらの雑念を何とか無視しながら、デザイン(のようなもの)に取り組んでいた私はここで一つ引っかかる事が出て来た。A2って小ちゃくない?と思ったのだ。会場がどれくらいの大きさか知らないが、ご列席の皆様は字が見えるのだろうか?文字の大きさは5〜6mmである。読めるわけないやんけ。そう思った私はもう勝手にA1にサイズを変えた。

そしてそれとは別に、もう一つの懸案事項であるデザインの不味さを何かで埋めなければならない。しかしそれは原理的には埋める事など出来ない欠落である。不味いデザインはどうやったって不味いのである。このまま普通に出力しただけでは間が保たない。しかし何とかしなければならない。だって慶事である。私はある奇策に出た。半立体にしよう、と唐突に思いついた。工芸的な要素を足せば、手数が増えれば、少しは間が保つかもしれない。今振り返れば間抜けな考えである。日本人はすぐ技巧に逃げる。そして出来上がったのがこれである。

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追いつめられた人間とはおかしな物で、イラレでデータを作っている時は、自動のカッティングマシンでパーツを切り出すつもりでいた。データが出来上がってから、カッティングマシンなんてこの部屋のどこにあるんや!!と気付き、カッターナイフを1本握りしめたのである。

もう少しかわいい物を作れば良かった、と反省している。しかし、作っている時は、形状や色の検証まで手が回らない。カッター1本では作業効率があまりにも悪い。いや、このカチっとした雰囲気は、愚弟の年齢や職業、性格、会場をもとに決定したのだ、いわゆるペルソナに準じた結果だ、と自らに言い聞かせてつくった。

そしてとりあえず完成させ、送った。間に合った。これで良かったのだろうか?やはりもっとかわいく作ったほうが良かったと完成してから後悔する。このような拗れた自意識も、私がデザイナーに向いていない点だろう。とにかくおめでとう。暖かい家庭を築いてもらえれば、もはや出来ないデザインをさせた事は何も言うまい。

ところで、私が盛大に時間と気力をかけ席次表を作っている間、美術関係の友人、知人には様々動きがあった。3月のこの時期、大きな公募展やアートフェアが行われるのだが、まずは公募展である。「岡本太郎現代芸術賞」では國久真有さんが特別賞を受賞し、「FACE2019損保ジャパン日本興亜美術賞」では奥田文子さんが優秀賞を受賞した。私は國久さんの「よかったら見に来てね!」の連絡に文字を打つ指をふるわせながら「観に行きます」と返信し、奥田さんには同じく震える指で「おめでとうございます」と送った。

さらに、たまたま立ち読みした「アートの値段」と題されたPenでは、京都のアートフェア「ARTISTS’ FAIR KYOTO 2019」が特集されており、黒宮菜々さん、石原梓さん、香月美菜さんの作品が載っていた。思わず、「おれのとこにも取材来いよ!」と心の中で絶叫したが、席次表を作っている男のところに取材は来ない。もちろん賞ももらえない。

ようやくタイトルの回収である。私が絵を描かない限り、美術史が停滞する。大きく出た。もちろん私抜きでも勝手に優れた作品は見出され、美術史は紡がれるのだが、なんか少しでも関わって「アート」なるものに影響を与えたいのだ。なぜなら本来の私は、◯◯賞をとったよ、とかアートフェアに出品するので良かったら見に来てね、とか言う方の人間なのである。前述の才能ある方々に一歩もひけを取らないはずである。いや、言い過ぎた。さすがに黒宮菜菜さんには一歩劣るかもしれない。

上手く言えないけれど、ジョッキで煮え湯を飲まされ続けながら慶事に参加したような、うれしいのだけれどとにかく悔しい3月であった。