DAISUKE MAEDA

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カテゴリー "雑記、軽い話"の投稿一覧

考えた時には、もう目の前には無い

例えば、「じゃあまた」と言って別れた友人に、なぜかそのまま会えなくなってしまったり。

その時はすぐ会うつもりで、だからちゃんとした「さよなら」なんて当然言ってないのです。後から、もっとちゃんとした「さよなら」をしておけば良かったと思うのですが、やはり、すぐ会うつもりだったので、そんなものはしていないのです。

相手も同じように、またすぐ会えると思っていたのでしょうか。それとも、実はもう会わない、会えないと思いながら「じゃあ」と言っていたのでしょうか。この冬はとても寒かったので考えが上手くまとまらず、普段考えないようなおかしな事ばかりを考えてしまいます。

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「人は変わる」ものですから、次に会うまでの間に、目の前のお互いは見た目も中身も別人になっているかも知れません。思えば、自分が一番大きく変わった、と初めて実感したのは26歳の時でした。今まで2〜3日放ったらかしていても気にならなかったヒゲが、その頃から毎日剃らないとどんどん伸びてくるようになったのです。そんな小さな事か、と思われるかも知れません。しかし、自分の身体は意思とは無関係に変化する、という事実を知る経験は、新鮮さと不気味さが混じりあった初めての感覚を伴う衝撃だったのです。

おかしなもので、外見が少し変わると、それにつられて今までの習慣が変わり、次いで物の見方や考え方にも変化が現れるのです。(肉体的に)少し大人の男性になった事を自覚し始めた当時の私は、自身のその落ち着きのない立ち振る舞いが、妙に気になり始めたのです。それからさらに数年が経ち、似たような変化を数度、経験しました。

会えなくなった友人に、会っていたその時の自分が何を考えていたのか、何を思っていたのか。時間が経ち、視点が変わってしまった今の私はその友人を見つめることが出来ません。相手も恐らくそうでしょう。

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いや、なんで今回こんなメロウな文章かというと、久しぶりに連絡した古くからの友人、友人というよりはもう身内に近い感覚だった人に「子供が出来たよ!」と告げられ、「もっと早よ!!生まれる前に言えや!」となったからです。しかし、もう若くない私は、勢い良く「早よ言えや!」と彼には言えず、もやもやしています。思い出せば、ヒゲを毎日剃るようになった26歳の頃、もう一人の身内のように思っていた友人の結婚を、たまたまコンビニで立ち読みした雑誌で知りました。(彼も絵を描きますが、当時名前を売ろうと躍起になり、度々アート系の雑誌に出ていました。その時はかろうじて「言えよ!!」とその場で電話した気がします。)

二人しかいない身内の人間のどちらにも、大事な事を言ってもらえなかったよという話でした。前半の情緒的な文章はただの前振りです。画像はもちろんイメージです。

この冬は特に寒く、こういうのを冬寂というのだな、と違うけど思いました。この数日は暖かくなってきたので、それだけが良かったと思います。

飽和した世界の為のデザイン 後編

前編からの続きです。

車を使うと生み出される二酸化炭素や排気ガスなど、それらが問題となり動力がガソリンから電気へとシフトされつつあります。現在でもガソリンと電気のハイブリットや、水素、燃料電池など、様々な動力に対しての試行錯誤が繰り返されています。ハイブリッドで有名なプリウスって今いろんなバリエーションあるんですね。

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ここで一つ注意して考えてみないといけない事は、ガソリンで動く車が、近い将来電気で動くようになったとして、今の社会が抱えている問題はどの程度解決されるのか?という事ではないでしょうか。確かに排気ガスが出なくなれば、温暖化や大気汚染という問題は減るかも知れません。しかし、ガソリンで賄っていた動力を電気にシフトすれば、当然、全体的に電気の需要は高まります。

その状況にあわせて発電所を増やすというのは難しいでしょう。火力発電であれば天然ガスを輸入し、それを燃焼させなければ電気は得られません。海外からの輸送+燃焼時の二酸化炭素や排気ガスが上乗せされるので、「車が排出する二酸化炭素が減る」かもしれませんが、社会全体では見た目程変わらないのではないか、と思ってしまいます。だからと言って原子力発電の量を増やす、という選択肢には反対の人も多いでしょう。3.11の震災以降、電気はもはやお金を出せばいくらでも買える、というものではなくなりました。

それに加え、車で移動が楽になる、という事は反面、歩く機会を失うという事でもあります。人間の身体は、運動する事を前提に設計されているそうですが、歩く機会、走る機会を失うという事は、中年以降は特に肥満に直結します。

現在、日本の国民医療費は、高齢化とも相まって国家予算の半分を占めるようになりました。太平洋戦争に突入する直前の軍事費が、国家予算の半分だったことを考えると、十分な異常事態です。全てとは言いませんが、10代、20代の頃からの運動習慣で社会全体の医療費を抑える事が出来るなら、いっそ軽めの運動を義務化してしまってもいいんじゃないか、と思ってしまいます。

そういえば前から思ってたんですが、車での「通勤」って減らせないもんなんですかね?不思議で仕方なかったのですが、なぜ太った中高年の方ほど、車を通勤手段として使うんですかね。歩けばいいのに。

個人の利便性や快適性を優先し、全体の事は考えずに車を使う、といった旧時代的な、社会の脂肪部分からしか生まれないような感覚はもう捨てなければなりません。そうは言っても、もうそんな奴おらんやろって言われるような古い人が、若い人からは到底理解も想像も出来ない古い考え方が、未だ社会には溢れているのも事実ですが。。。

多くの人が歩いて肥満が減れば、全体の医療費も減るかも知れません。毎日の車の使用頻度が減るので、温暖化ガスの排出量も減ります。

今まで、個人がただ楽をする為に、本来人間が行うべきような事も過剰に機械に代替させていました。その過剰な部分が人間の脂肪となっているのかもしれません。現状社会全体の慣習や制度も、割と脂肪過多な状態です。その辺りのスリムアップを行い、必要なエネルギーを必要な分だけ使うようにする、という制度設計、自然にその方向に意思が向く、ルール設計やガイドとしてのデザインが求められています。

デザインは売れる商品の見た目を作るツールでは決して無いのです。社会倫理と経済の間でバランスする、制度という目に見えない土台をデザインし、作る事が「飽和した世界の為のデザイン」なのかもしれません。

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写真は「地域社会圏モデル」という建築の本の中で提案されている、400人が1単位で暮らす為の住宅の模型です。1つの住宅に1家族が住むというモデルが、現在の硬直した日本の運営システムをつくり、それがいまや大きく破綻していると考える山本理顕氏による問題提起の答えとして、建築家の中村拓志さんが提出されたモデルです。他人と暮らせば境界線の引かれ方、プライバシーの在り方も、家族とのそれとは大きく変わります。新たな公共空間と個人の生活を構想し、そこから社会制度までリーチを延ばして再考しようという試みです。こういう考え方ってすごいなあと本当に思います。(*画像が悪くて申し訳ありません。)

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これを見る限り、「飽和した世界」で求められる自動車のデザインは、もはやガソリンの代替を考えれば済む、という問題ではないようにも思います。

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この前から本屋さんで「乃木坂文庫」なるコーナーを見かけるようになりました。人気の乃木坂46のメンバー1人1人が文庫本のカバーを飾っています。計46作品。中には芥川龍之介や遠藤周作の文庫もあります。芥川の「藪の中」の表紙が乃木坂か。。。すごいな、広告代理店。調べてみると普段より売れているようですね。

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カバーの写真の構図やそれぞれの表情が似たようなものだからなのか、グループとしてメイクや衣装で統一感を出している為なのか、アイドルに興味の無ければ「みんな一緒に見える…」と思ってしまいます。

一方で、彼女らの個人名を検索すれば、それぞれ別の結果、事柄が出てきます。グーグルは区別がついているのですね。という事は、彼女らが「みんな一緒」ではなく、社会の中でそれぞれ影響力と差異、固有名詞をもった有名人である事を示しています。当たり前か。そうでなければ広告代理店が文庫の表紙にしよう!とはなりません。現にアイドルが好きな人達は簡単に誰が誰か見分ける訳ですし。逆に、そこにある差異に気付けないこちら側に問題があるのかもしれません。「みんな一緒に見える」という感想こそ、(アイドルに興味の無い人達が持つ)最も一般的、定型的で、数多い感想です。

そこまでぼんやり考えた時に「そんなありきたりな感想しか出てこん自分のレセプターこそ『みんな一緒』の量産品か…他の皆が口にする、誰が言ったんかさえもわからんようになるみんなと一緒の感想を言葉にして口にしてしまった…」と思い至りました。普通に社会生活を送っている以上、思考パターンも感覚もある程度「みんなと一緒」であることから逃れられる訳が無いのに、絵を描く人間はすぐそういう風に考えます。

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ある人にはとても大切なものに思え、ある人には何一つ意味を持たない。そう言えばアイドルの語源を辿ればidol=偶像となり、さらに遡ればicon=聖像の語源とも重なります。中世の人たちも十二使徒を眺めながら「みんな雰囲気が似てて区別がつかん…」「この中の誰がヨハネよ?」とか「イスカリオテのユダなら分かる!」とか言ったんでしょうか。「エル・グレコの描くヤコブは今までで一番かっこいい!」とか信仰の浸透を手助けしたのかも知れません。

時代が進んでも偶像の機能の仕方って根本的にあまり変わらないんだなぁと思った話しでした。

 

飽和した世界の為のデザイン 前編

スズキの軽自動車、ジムニーが20年ぶりにフルモデルチェンジするそうです。

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若い人は「車の話は興味がないわー」と思うかも知れませんが、我慢して読み進めて見てください。

ジムニーは本格的なオフロード車として評価の高い車ですが、アメリカのJeep Wranglerと比べるとエンジンの排気量は1/5、サイズは3/4、重量は半分以下と格段に小さな車です。ジムニーは日本独自の「軽自動車」という規格で、それは世界のどの車と比べても、パワーもサイズも最小の規格です。

しかし、ジムニーは小さいが故の軽量性と、それに見合わない本格的な車の作りで、パワーがなくとも悪路をがんがん走破できる車として昔から人気があります。

私が初めてこの車の事を知ったのは2009年、「飽和した世界のためのデザイン」という展覧会の記録をまとめた本の中でした。

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いたずらにパワーを上げて走破性を高めるのではなく、最適な重量、サイズとパワーの関数の中で大きな車にも負けない走破性を実現する、という日本的なアプローチの車として紹介されていました。

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私は現在、会社の仕事で軽自動車に乗りますが、大阪梅田や難波のややこしい道、細い道では、小さな軽自動車は運転しやすく、あれだけ車の多い道でもUターンや縦列駐車も簡単で、日本の道路事情に合った規格だなぁといつも関心しています。

昔ペーパードライバーだった頃は全く車に興味が無かったのですが、今のように毎日運転するようになると運転自体が面白く、そうなってくるとスポーツカーというジャンルにも興味が出てきます。

若い人は「スポーツカーなんてもっと興味がないわー」と思うかも知れませんが、我慢してもう少し読み進めてください。

いつか買えるといいなと思っている車はトヨタの「86」という車です。

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こちらもスポーツカーとしては車体は小さく、パワーに関しては「非力」と揶揄されるような車で、最新のハイテク機器も装備されていません。外国のスポーツカーに見られるような公道上ではほとんど使えないほどの強力なエンジンや、レーシングカーばりの高機能を追求するのではなく、30年前からあるクラッシックなアイディアを用いて、運転する事•走る事そのものの楽しさにフォーカスした車です。

日本より海外での評価が高い車で、「まるでポルシェのケイマンのようなすばらしい車」という試乗記(*記事の中のBRZと86は、外見と細部が少し違うだけの同型車です。)も見かけるほどです。発売翌年の2013年には「2013 WCA(ワールド・カーアワード)」のイヤーカー受賞候補車に残っています。他の候補車が4000万円以上する事を考えると、250〜300万円程で買えるこの車の評価の高さが伺い知れます。

運転の楽しさなんて分からんわーと言う人はこの動画をどうぞ。めっちゃ楽しそうですね。

さて、フランスでは先日、2040年までにガソリン車の製造を0にする、と発表があったそうです。となるとこれからの自動車は電気自動車がメインになるのでしょうか。それだけ環境に配慮しないといけない状況になってきている、という事でしょうか。

日本では日産が電気自動車に力を入れています。日産はフランス•ルノー傘下なので、電気に力を入れているのかもしれません。余談ですが、私は日産の車だけは買わないと決めています。それは三菱自動車に対して、まるで投資銀行がするかのような買収を行ったからです。自動車会社が自動車会社を買収する。すごくフランスっぽいなぁと思います。

しかし一方で、車を維持していくという事は所有者だけでなく、社会全体にコストが掛かります。車から排出される二酸化炭素だけでなく、森林を切り開いて道路を整備したり、広大な工場を作ったり。その上、交通事故での死亡者や負傷者も(通常の経済学では換算されませんが)自動車を維持していく為の社会的コストと捉える考え方もあります。

「経済の未来(以文社)」という本の中で、興味深い話が出ていたので以下に引用します。『ある国の大統領のもとへある者がやってきて、次のような取引を持ち出した。「貴国の経済は調子が悪いですな。私が立て直して見せましょう。そのために最新技術をお譲りしましょう。するとGDPはいっきに2倍になりますぞ。ただその代わりに、貴国の人口から毎年2万人の命をもらいたいのですがね」これを聞いた大統領はうろたえ、申し出を拒否した。拒否するのが当然であろう。彼が拒否した最新技術の発明とは、自動車の事である。』

ジムニーや86のように車のサイズを環境に対して最適化する事で、これからの時代に対応していけるのか、それとも根本から動力の見直しという大きな転換を、日本の自動車産業は強いられるのか。

どうやら大転換を強いられそうですが、そのあたりは後編に続きます。

チガーヌ2月の展示!!

早いもので私が運営に参加するギャラリー、チガーヌは3月に1周年を迎えます。微妙に先です。ずいぶん中途半端な時期に「1周年です!」って言ったな。しかし本当に早いですね。お店も1年良くもったものです。

チガーヌの次回1月28日からはじまる展示は奥田文子さん、GALLERY MoMoの作家さんです。東京は両国にあるMoMoの作家さんの絵が大阪・船場で見れます。しかも2月4日はワークショップ「葉っぱのフロッタージュをしよう!」が開催されます。12時より随時受付、ぜひお越し下さい。フロッタージュってなに?という人のために説明を付け加えておくと、ちびっこの頃「こすりだし」と呼んでた、凹凸した所に紙を置いて上から色鉛筆やクーピーでこすり模様を写しとるあのやり方です。今回展示作品の中にもフロッタージュの作品があるそうですよ。

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お待ちしております!

扇風機はそのうち片付けます

私が運営に関わる船場のギャラリー、チガーヌの11月23日~12月5日の展示は版画家の松谷愽子さんです。

チガーヌは展示が変わる度にお店の雰囲気も大きく変わります。今回はモノクロの作品なのでお店の雰囲気も落ち着いたものとなりました。

 

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そして売り上げは!

 

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赤いマルのシールは売約済であることを示しています。ギャラリーに出入りされる方はそんなことご存知だとは思うのですが、どうしても言いたくて書きました。赤マルは売約済みです。そして12/5現在、まだ数点が交渉中です。大きいの売れて!と願わずにはおれません。

 

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「ギャラリーの売上としてはまだまだだよね」当然そうおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。しかし、チガーヌは完全なホワイトキューブではありません。お昼はランチもやっていますし、夜はお酒も出します。絵を見に来たお客さんが、ランチorお茶をしていくことでも売上は上がります。また夕方ごろに絵を見にやって来たお客さんがライブの準備をしている様子をみて「ジャズの生演奏とかあるんなら見ていこうかな。。。」となります。そうなるとチャージ+お酒が売れます。

また逆のパターンでランチの常連さんが展示されてる絵に興味を持ってくれたり、ジャズの生演奏に興味を持ってくれたりするのです。ジャズの出演者の方が絵を買ってくれることもあります。そうして3つの全く別な商品が相互補完的に売上を伸ばしていく事が出来るのです。なんと美しい収益構造!ここの経営者は中々商売上手やな!と自画自賛です。

また展示してる作家さんがお茶してたり、お酒を飲んでたりすることが多いので展示作品に興味を持った方は気軽に作家さんに色々聞くことができ、それも好評ですね。

飲み食いする空間の中に絵があるということは、自分の部屋に飾って生活の中で眺めるイメージが湧きやすいのかもしれません。そしてそれは、動産としての絵画の価値からは切り離された、原初的、根源的な絵画の価値に触れる瞬間でもあると思うのです。

 

 

ネコ飼いたい

早いもので2016年もあとわずか、まじで月日は百代の過客で光陰は矢のように飛んでいきます。というか21世紀になってもう16年が過ぎるのですね。前世紀の終わり頃と比較してみると、ずいぶん世の中が様変わりしたように感じます。最近の10代、20代の人は何と言うか、常識があるというか。しっかりした人が多いですね。ある特定の年代の人がお持ちのずっこけ感が無いというか。立ち振る舞いがきちんとしているというか。

それは絵画のつくられ方にも表れているような気がして、若い人の作品に暗い内面や苦悩を吐露したような旧弊な絵画作品は少ないように感じます。それはマンガや音楽など、他のジャンルでも同じなのかもしれません。オノナツメとか市川春子のマンガとかかっこいいもんな。

音楽では(私は大芸出身ですが同じように)大芸出身の音楽バンドでいうと、赤犬50回転ズENTHRALLSと時を経るにつれ蒸留されたというか、口当たりが良くなったよな的なものを感じます。

ちなみに私は50回転ズと同期です。

矢印の向きは右に行くほど新しいのですが、初めてENTHRALLSの曲を聴いたときは大芸ってウソやろ‼って思いました。それくらいかっこよすぎてちゃんとしすぎてて何かしらの断絶を感じました。ENTHRALLSって大芸出身であってますよね?初めて聞いた曲は「きょうはうまく眠れない」だったのですが、タイトルを聞いた瞬間「そんな語彙はおれらにはないわ!少なくともそんな語彙を持ち合わせない集団に自分は所属してたと思っとった!!」と大阪弁丸出しで驚愕したものです。

しかし、似たような背景を持った方々が「きょうはうまく眠れない」と言った以上、そこに時とともに生じた一定の文化的変遷を認めないわけにはいきません。いや、実際は似たような背景かどうか分かりませんが。。。学生の時も今も帰属意識はほぼ無かったくせに、変なところが引っ掛かります。

だって50回転ズなんてポギーやドリーといったペルソナを立ち上げないと目の前にあるものと向き合うことが出来なかったのに…

あれから10年…時代は変わったのだと思っていました。

。。。が。やばいTシャツ屋さん。大芸です。

この人たちは安心感がありますね!バンドの名前からして!

ライブのMCも

ボーカル「こうやって、みんなが観に来てくれることも、僕らがこうやってライブできることも、全部当たり前のことじゃないと思ってて。それに感謝してライブしなあかんなって思ってそういうことを考えながら新しい曲を作ってきました。聞いてください、ヤバイTシャツ屋さんで、『絆』!!」

ドラム「…..ってそんな曲無いやん!!そんな曲あるかい!」

ボーカル「そんな曲なかったな!最後の曲です『ネコ飼いたい』!」

その語彙は有ります。

ラヴィアンうしって何なん?

9月もあっという間に終わりが近づいてきております。私が運営に関わるギャルリーチガーヌ、9月後半の展示はしまだそうさんの展示です。海外のアートフェアや国内のいろんなギャラリーで展示をされている方なので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

ギャラリーで作品を見てみたいけど、絵をどう見れば良いかわからない、そんな方もいらっしゃるでしょう。ギャルリーチガーヌなら大丈夫!カフェ併設ですのでぜひ椅子に腰かけ、疑問に思ったことは店長に聞いてみて下さい。そういう意味では通常のホワイトキューブよりも作品との距離が近いギャラリーです。

展示はこんな感じです。

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また、お店のHPには作品鑑賞の手がかりにしてもらえるよう紹介文を載せております。テキストは私が書いてますのでこちらもぜひご一読を!以下今回の展示の紹介文です。

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絵の中に並べられた奇妙な生き物、文字、模様、記号、形態。
それらからは特に意味を拾う事は出来ず、またそれぞれの者•物同士の繋がりも見出せません。
意味と繋がりが不明瞭な場所に踏み込んだ我々は、自分の足下が少し緩んだ事を感じます。
それは小さな子供の頃、知らない道にはいり込んだ時の少し不安の混じった感覚に似ています。
絵に漂う無邪気さの混じった懐かしい雰囲気も手伝って、我々は幼い不安を胸に抱きます。
その「幼い不安」を抱いた瞬間、絵の中に並べられた者•物同士が繋がり「物語」を紡ぎ出します。
しかし「物語」は意味や筋書きは伏せられたまま、存在のみがそこに示されます。
しまだそうの絵に踏み込んだ時、我々はその都度意味や筋書きは伏せられたままの奇妙な物語の生成に立ち会います。呼び掛けても応えてくれないその「物語」はしかし、なまぬるい手触りだけを確かなものとし我々に送り返してくるのです。

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ラヴィアンうしって何?お店で店長に聞いてみよう!

しまだそう個展「ラヴィアンうし」10月1日までです。

 

そしてアートは世界が文化的である事に加担する

今ではアートという言葉も耳に馴染み、日常の中で使われていようと違和感を感じなくなりました。しかし、今から10年程前は『アートって語は何を指してるん?』とか『芸術とアートはどう違うん?』とかいう事も頻繁に言われていました。

「アート:“芸術”が終わった後の“アート”」(松井みどり著 朝日出版社)では大きな物語の終焉後、つまりイズムで一括りに出来ない程傾向が多様化した小さな物語の氾濫を「アート」と呼ぶ、的な事が書かれてあったように記憶しています。

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最近では「アートと美学」(米澤有恒著 萌書房)という本の中で「アートって語はなんなん?」と美学が専門の米澤有恒氏が書かれていて、実制作がメインの私はアートという言葉の出自が美学では無い事を初めて知り驚いたのです。てっきり美学から出てきた言葉だと思ってました。

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その本の中で、氏は「芸術」は確かに美学の射程圏内ではあるが、はたして「アート」に対して有効なのか?「アート」とは何なのか?といった事を書かれていました。この慎重な姿勢、問題意識は実制作者も当然持っていて然るべきですが(私も含め)ほとんどの実制作側の人間は無頓着です。

確かに、現在の作品は芸術よりも「アート」という語がぴったりとくる程軽妙でお洒落です。

例えばお洒落なバーの壁に、李禹煥さんのストイックな作品、もしくは白髪一雄さんの熱く重苦しい抽象画が掛かっているよりは呉亜沙さんの「Whereabouts」シリーズとか竹中美幸さんの作品があった方がお客さんのお酒も進みやすいでしょう。もし店内に故・田中敦子さんが電球を纏って現れたらもうお酒どころではありません。

どこまでも孤高であろうとした芸術はこの半世紀で親しみある「アート」となり、我々の生活にとけ込みつつ有ります。それが果たして芸術にとって好い事なのか?それとも自らの意味を失う事に繋がってしまうのか?それらについては現時点での判断を留保したいと思います。

「文化的」である事が芸術の使命では決して有りません。しかし、「アート」なるものが「オシャレ」で有る事とこちらが思っている以上に親和性が高く、無意味に「文化的」である事とも地続きである事を踏まえれば、自分の作品が今回のブログのタイトルのようになっているのではないかと、内心戦々恐々なのも事実です。

 

アートとビジネスを繋ぐ為の試論

2015年現在、大阪の景気はアベノミクスの影響を感じられないくらいに良くなく、これから就活を始めないといけない美術系の学生さんは大変だろうなと思います。そうは言っても(一応)私も社会の構成員の1人なのでその責任の一端は当然あるので20代の人たちには申し訳ない気持ちで一杯です。

前にも書きましたが、美術は好•不況の影響をモロに受ける分野です。好景気の中でばんばん作品も売れて欲しいなぁ!と思っていますが資本主義のシステムを見る限り「好景気が続く」事は不可能だろうな…と経済の専門家でない私でも感じるくらい、それは無理のある話です。

しかし、一方で社会を取り巻く価値観の変化、それに伴って社会の仕組みも2000年以降、随分変わってきたなと感じる場面も増えてきています。思うに、これからのビジネスは「お金以外の利益」を社会に還元する、と言うのが必要になってくるのだろうと思います。

現在、私の小品を取り扱って頂いてます「くま美術店」さんは東京都主催のビジネスコンテスト「Tokyo Startup Gateway」に出品?出店?されています。今まで美術に興味を持っていなかった層に作品売買を含めた美術とのエンカウントのチャンネルを提供しアートマーケットを拡げて行こうとされており、代表の荒木さんからビジネスコンテストのセミファイナリストに選出されたと聞いた時は素直にすごいな!と思いました。ついにアートがビジネスになる時代が来たか!

他のセミファイナリストの人のアイディアも面白そうなのが多いですね。興味のある人はHPを見てもらえば良いと思うのですが、例えば一番最初に載っている浅野純平さん「林業を稼げる産業へ〜ITを利用した、国産材流通革命プラットフォーム〜」などは、私も今の時代林業に限らず各業界、業種の流通プラットフォームはデザインされ直すべきだと考えているので興味があります。

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というかビジネスコンテストのHPもかっこいいな。何か新しいものが生まれそう。。。いつも東京と大阪の対比のような事を書いて、大阪の人には申し訳ないのですがこれ大阪でやったら上手くいかんやろなーと思います。だって我が大阪がものつくり企業の販路開拓のお手伝いや展示会、商談会の為に用意した施設がなんと「マイドーム大阪」!!何そのネーミング。。。ビジネスの為の施設にそんなダジャレ要る?すべりすぎ…会社の仕事で何度か行った事が有るのですが、そのネーミング故、仕事に必要な緊張感は奪われ続けます。

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大阪のひどいところはまだ有ります。今年新幹線が開通した石川駅では中田ヤスタカさん制作の発車メロディが使用され話題になりました。これは地元の人も観光で来た人も、両方興味が惹かれます。うらやましい。それを真似てなのか、大阪環状線の駅にも音楽が流れるようになりました。桜ノ宮駅は大塚愛さんの「さくらんぼ」。10年遅い!!なぜテレビで流れまくってる時に使わなかった!?鶴橋に到っては「ヨーデル食べ放題」って浅い!!焼き肉しかないか…?さらに大阪城公園駅ではほら貝の吹かれる音がしてます。もうそれは発車メロディと呼べるかどうか。しかもこれらは「大阪環状線改造プロジェクト」の一環らしく、もう改造しなくても現状維持でいいよ。という利用者の声を尊重して欲しいと思います。他の駅の選曲もひどいし。

私は大阪の景気が良くならないのはこのおっさんの飲み会の悪ふざけとしか思えないアイディアが実現してしまうところがあるからだと確信しています。。。