DAISUKE MAEDA

/blog/CATEGORY

カテゴリー "難しい話"の投稿一覧

青いたこ焼きに著作権はあるのか? 【入門編】

現代美術作家、南村杞憂の「青いたこ焼き」、通称「地球焼き」はアート作品と言えるのでしょうか?もし「青いたこ焼き」が作品なら、そのたこ焼きに著作権は生じるのでしょうか。今回はそれらについて、出来るだけ平易な言葉を選んで解説したいと思います。

Screenshot_20250602-222038 Screenshot_20250602-222145

まず、「たこ焼き」がアート作品ってどういうことだと思われる方も多いかと思います。我々が小学校の図画工作、中、高校の美術の授業を通して教わった「美術」というものは、大半が絵画や彫刻、立体物でした。そしてそれらの多くは「美しい」ものであったり、技術的に何かしら見るべきところがあり、少なからず観た人に「感動」を与えるような作品だったかと思います。これらの作品の背景には、欧米の伝統的な美的基準、「崇高性」をキーに美的判断を行う基準が存在します。戦後の日本ではこれらの価値基準がアメリカ経由で学校教育に持ち込まれ、我々は少なからずこの美的基準の影響を受けています。だから「たこ焼き」が作品だと言われると戸惑う感覚があるのです。

加えて、そもそも食べ物には著作権は発生しません。もしそれらに著作権が発生すれば縁日で売られる林檎飴やたい焼きは最初にそれらを売り始めたお店でしか販売できないことになります。私の記憶では「青い林檎飴」はおよそ半世紀前には夜店で売られていたと思います。著作権が発生するものは、文芸、学術、美術、音楽の範囲に属するものに限定されます。

では単なる「食べ物」に見える南村杞憂の「地球焼き」は、どういった理路を辿れば「アート作品」になるのでしょうか。その問いへの答えは90年代に前述のアートの価値観、美的基準を一変させた、リレーショナル・アートと呼ばれる作品群を見ていくことで浮かび上がります。

まずはこのジャンルに分類される最も有名なアーティスト、リクリット・ティラバーニャ(Rirkrit Tiravanija, 1961~)を南村杞憂の「地球焼き」と関連させる形で紹介します。

ティラバーニャの最も有名な初期作品(1990年代)は、展示空間でタイ料理(彼はタイのアーティストである)を鑑賞者に振る舞うというものです。それらは彫刻、インスタレーション、パフォーマンスといったどの分類にも当てはまりはしません。そもそも「作品」と呼ばれる物質がそこにはありません。彼はそこにやってきた観客にタイ料理を振る舞い、その場に偶然を含んだ思い掛けない「関係性」を作り出し、その経過を含め作品としています。グローバル化と高速化が急速に進みつつあった90年代、そういったある種の遅延や迂回を含んだコミュニケーションが社会に間隙を生み、我々の日常、コミュニケーションを豊かにするための小さな革命を起こすという今思えば牧歌的な思想がありました。彼の作品は饗宴、料理、読書、音楽鑑賞をするための舞台や空間の形を取ることが多いです。それらはそこで生み出される偶然の「関係性」を基点に、我々が生活や社会に肯定的に関わってゆくための構築物であり彼の作品の核となっています。また一方で、「アートの作品を本当に鑑賞しに来ている人は少ない、みんなパーティー目当てに来てるよね」という当時のアート(とそれに付随するレセプションやパーティ)への皮肉めいたメッセージも込められていて、それまでの美術作品には無かったスタンス自体の軽妙さのようなものも作品に表れています。

スクリーンショット 2025-06-02 221756 スクリーンショット 2025-06-02 221632

南村杞憂の「地球焼き」もこの先行形式を踏襲しています。彼女は「地球焼き」そのものを販売し作品としているわけではありません。それをパーティーで知人、友人、観客に振る舞い、そこに資本主義経済の中での物の売買、販売者と顧客の関係では生まれ得ない豊かな「関係性」をコミュニティ内に築いていくことで作品としているのです。それは資本主義経済の中で重視される利益中心の価値や関係、意味合いを軽やかに脱臼し転倒させてみせているということです。南村が重視する「関係性」は速やかな金銭的利益を生むことには直結せず、むしろビジネスには不要とされるものばかりです。それは現状の社会的関係性に対して軽やかな批評であり、SNSで拡散されていくその様子は現状のシステムに依拠しながら行われる意義申し立てでもあるのです。SNSの中に拡散される軽やかなイメージの連鎖と鋭い批評性とのギャップが思わぬ機知を生み、それらを含めて彼女の作品と言えます。SNSで拡散される、注目されるのは、そのギャップ(=作品そのもの)が生み出す洗練された「アテンションの奪い方」の手法に依るものです。「地球焼き」はそれらの目には見えない作品の本質が現実世界に落とした影、と言うことができます。ゆえに彼女の「地球焼き」はアート作品であり、そこには著作権も発生します。

もう一つ、現代アートと著作権の関係を理解しやすくなる作品としてフェリックス・ゴンザレス・トレス(Felix Gonzalez-Torres,1957~1996)の「無題(ラスト・ライト)」を紹介します。この作品は店頭で販売されている普通の電球複数から成り、それをどのように展示するかは相手に委ねられます。「委ねる」という態度は、その相手を対等な存在として認め、信頼することでしか成立し得ません。作家一人では完成しない作品を相手に預ける「関係性」が作品の本質なのです。このライトは既製品で、工業製品にも著作権は成立しませんが「無題(ラスト・ライト)」には著作権が成立します。

IMG_20240210_172021 d6d619ee-c28b-4ab1-91dd-79cb0df8e01e~1

どちらの作品も20世紀末の作品です。私たちは絵画や彫刻だけがアート作品ではないという著作権についての認識を、改めて再確認しなければならないのではないでしょうか。(そうでなければマウリツィオ・カテランのバナナはどうなってしまうのでしょうか。)

ティラバーニャの作品にタイ料理が使用され著作権が発生するからと言って、レストランでタイ料理が出せなくなるわけではありません。トレスの作品に著作権が発生するからといって、工場で電球が製造できなくなるわけではありません。同様に、南村の作品も著作権で保護されるからといって他の誰かが「青いたこ焼き」を作れなくなるわけではないのです。しかし、ある企業がその「地球焼き」「ガイア焼き」などの名称を含むSNSでの「洗練されたアテンションの奪い方」及び、作品・商品の完成度としての「パッケージ」、つまり「青いたこ焼き」の食べ物以外の部分を盗み販売しようとした場合はその著作権により保護されるのです。南村杞憂はアーティストであり、著作権は彼女の作家活動を「守る」ために存在します。彼女は「青いたこ焼き」で洗練されたパッケージ、イメージを提示し、それがSNSで注目を集めました。それは彼女の作品そのものでもあり、そのイメージを盗用し企業が利益を上げる事は許されません。

壁バナナって何?

マウリツィオ・カテランというアーティストのバナナを壁にテープで貼りつけた「Comedian」という作品が、ニューヨークサザビーズのオークションで9.6億円(手数料込)で競り落とされた。「美術手帖:カテランの“バナナ”が約9.6億円で落札。中国コレクターの手に

これが方々で話題になっているのだが、この作品は本物のバナナを使っており、(仕様書で展示方法やバナナの形状や熟れ具合に細かく指定があるものの)基本的にはそれをダクトテープで壁に貼っただけのものである。バナナは当然生ものなので2~3日に1回交換が必要だ。これに対し、SNSでは「こんなものはアートではない」という方々と「アートの革命だ」という方々にどうやら分かれているらしい。

この「Comedian」という作品を簡単に説明すると、タイトル通りに「大金持ちはバナナ1本の価格なんて知らない」というブラック・ジョークが中心に据えられており、だから少々高くても大金持ちは買うだろ笑、という作品である。2019年制作のこの作品は、その年のバーゼル・マイアミで当時のレートで1600万円で売却されている。冗談の通り、大金持ちはバナナの価格を知らなかったのである。それから5年後、9.6億円で競り落とされていることから推察するに、やはり大金持ちはバナナの価格はご存じないようだ。

本来はこのように高額で売買されるバナナを眺めながら周囲も冗談を言い合う為の作品のはずなので、内容や経緯を含め説明するのは非常に「野暮」だ。しかしながら、今回はさらに一歩踏み込んで「ではこの作品がなぜアートなのか」まで私見を述べたいと思う。

ある作品がハイ・アートとして流通、認知されるためにはその「作品」の内容以外にもいくつか条件がある。制度や形式面での例を一部挙げると、権威や名のあるギャラリーで取り扱われていること、実際にアートと呼ぶにふさわしい価格でその「作品」が売却されること等が挙げられる。2019年にこの作品を販売していたのは世界にいくつかあるメガギャラリーの一つ、ペロタンである。メガギャラリーとは大企業並みの資本力を背景に国際的なネットワークと影響力をもった文字通りの大型ギャラリーで、中でもペロタンはプライマリーしか扱わない。日本人では村上隆やタカノ綾の作品がその取り扱いとなっている。展示される作品は手頃なものでも1000万円前後の価格だろう。

私は2024年10月にアジアで最も歴史を持つアートフェア、アート台北でペロタンのブースに展示されている複数の作品を観たが、押しとアクの強い台湾のアートフェアで、そこだけまるで美術館での展示のようなクオリティと佇まいだった。特に私には初見のリー・ベーのクラッシックな炭の作品は、息をのむほどすばらしかった。他にもジョルジュ・マチューの作品がVIPプレビューの時点で数枚購入されており、価格はそれぞれ2000~2500万円であった。少し話が逸れたが、カテランのバナナが2019年の時点で特別高価なわけではないことはお分かりいただけるだろう。

「大金持ちはバナナ1本の価格を知らないからどれだけ高価でも買う」という記述と「1600万円という価格は高価ではない」という記述は、同一物に対しての説明として矛盾する。その矛盾がもう一つのこの作品を理解する手がかりである。

マウリツィオ・カテランは世界各地の美術館に作品が収蔵されるなど非常に実績のあるアーティストである。代表作には前述のギャラリーのオーナー、エマニエル・ペロタン氏を今回と同じようにダクトテープで壁に貼り付けた「ある完璧な一日」という作品がある。(ペロタン氏に卑猥なウサギの着ぐるみを着せた「Errotin, le vrai Lapin」もあるが今は置こう。)この作品で使用されているダクトテープは、今回バナナを壁に貼り付けているダクトテープと同じものだ。アートの知識がある人間なら、テープを見て「Comedian」の背景には「ある完璧な一日」があると推察することができる。バナナにどれほどアートとしての中身が無くても、形式上カテランの過去の作品と繋がっているという事だ。加えて、彼はバナナにエディションを設け、3つ制作している。作品がハイ・アートと認識されることを補助する条件に、作品が過去作と繋がりを感じさせるものであること、真作であることを保証する証明書が発行されている事などがあり、これらはその条件を満たしている。

カテランの実績とアートとしての諸形式がハイ・アートとしての価格を保証しているという訳だが、モノが単なるバナナであるだけに中々納得できない。つまり、形式上や売買実績上は間違いなくハイ・アートのそれであるのだが、冷静に見るとやはりただのバナナである。どういう事かというと、作品がアートとバナナの間で分裂しており、その間で決定不可能性によって宙吊りにされている様子が、やはりアートなのだ、という否定神学的ロジックに支えられた作品である、ということになる。もう少し詳しく説明すると「アートとしての内容が全く欠如しているバナナ」をアート作品の中心に据えることで、その「欠如」との関係でアートのシステムを論じたり、個別の作品をその中に位置付けたりすることが可能になる、というポスト構造主義が得意とした古風な否定神学的ロジックが採用されているのである。

この作品をSNSで言われているように「アートの革命だ」という事には私は異議がある。この作品を専門家は既視感を持ってデュシャンの「泉」と同じ種類のカテゴリーに分類するだろうし、進歩史観を採用しないコンテンポラリーアートの領域で、そもそも革命的な「歴史が変わる瞬間」など訪れようがあるのだろうか。革命とは近代の語彙である。半世紀前のバーネット・ニューマンの絵画やアンソニー・カロの彫刻に対してなら辛うじてそういうレトリックは可能かもしれないが、そもそも近代以降のアート/芸術に本質や中心性は皆無である。実際に、例えば2024年5月のエニエス・ベーでのやんツーあたりの展示と比べるとどうしても手際に古さを感じる。しかし、「ある完璧な一日」が96年の作品であることを考えるとそれは仕方のない事でもあるし、それ以上にカテランの作品においては手法が古い、というよりは、もはや我々がお手本にすべきマスターピース、古典としてあるのである。あるいは、この作品は現状のアートを巡るある種の文化表象の一部である、ということも可能だろう。

ただ、一方でこの作品は常に単なる冗談として存在する。そうである以上、「9億円でバナナが売れたらしいね」と振られたら、何か少し知的さを感じさせる冗談を交えて返しながら、2人で意味ありげに目配せしてシャンパンやらワインやらのグラスを合わせるのが、最も洗練された返答になるだろう。それは現代的価値観からすると「洗練」には程遠く見える行いかもしれない。しかし、これは皮肉でも冗談でもない。

 

 

 

 

失ったものはディティール

例えば、そこから逃げ出したくて仕方が無い人がいて、逃げなければならない人達がたくさんいたとして、地平線の彼方まで逃げてその先に逃亡者の集落をつくろうとしたとする。その時にどういった類の想像力が、集落を実現させ得るのだろうか。その世界では生きることができなかった者たち、「逃亡者達の集落」である。

その集落の実現は、おそらくフィクショナルな物語を全員で共有する事によって初めて可能になるのではないだろうか。それは一つの集落を何もないところから、新たにもう一つの現実を、世界を作り上げる駆動力になりえる物語である。きっと神話の如く荒唐無稽な、だからこそ強い力を持ち得る「虚構が支える現実」である。どの国にも建国神話があるように、それがなければ革命の物語があるように、集団の根幹は現実に比肩しうるリアリティを伴った虚構によって支えられている。逆に言えば、集団に共有された幻想は現実として出来するのである。それらは口頭であれ、文体であれ、何らかの記号を媒介させることによってでしか共有されない。

言霊のようなオカルトなものとは別の仕方で、確かに記号としての言語は現実の一部を形づくる。昔から争いの最中にはデマや嘘を流し相手を撹乱させるのは常套手段だし、ミームは正誤を問わず伝達し易いものが一気に広がっていく。だからこそSNSはフェイクニュースで集団を特定の方向に誘導したり、煽動することが可能である。SNSは長い文章を読み書きすることを前提としていないので、現実の詳細なディティールを一切カットする。それが一種の分かり易さとなって特定の集団に広がり、行動を誘導する。これらも確かに「現実を作った」ことになるのだろうが、それらは発信者、受信者双方がディティールを意図的にカットし事実を歪曲することで新たな現実を上書きしている。

逃亡者たちが集落を作る際の構想には現実に比肩しうるリアリティを担保するためのディティールが不可欠で、それはSNSのフェイクニュースやデマやナショナリズム、イデオロギーが作り出す平坦な「現実」とはディティールというものの扱いを巡って大きく異なる。何も一から十まで建物の形や素材、配置が決まっている都市計画のことを「ディティール」といっているのではない。その想像力自体が手触りを伴った物質のごとく感じられ、重さや質感までも存在する様子を指して「ディティール」と呼んでいるのである。

何かを飲み込み押しつぶす力は画一的で平坦である。飲み込む対象を選ばない。それはそこにある物すべてを飲み込む暴力の謂いであり、それを跳ね返し得るのはディティールを伴った想像力である。これから先、私たちは幾人かの逃亡者たちと出会う事になるだろうし、私たち自身がそうなるのかも知れない。

「こんなところにまで人は住まなくてはならないのかと思われるような場所に、驚くべき集落がある。おそらく、それらの集落の大半は、なんらかのかたちで逃げてきた人びとの手によって築かれたにちがいない。こうした推測が正しければ、撤退と遁走は、人間のきわめて重要な局面、いわば哲学の深化される局面であるといわざるをえない。」(集落の教え100 原広司 彰国社)

 

跡形なのか、その瓦礫は まとめ 編

9月に開催予定だった、ひろしまトリエンナーレが中止となった。公式にはコロナの感染防止を理由としている。この展覧会は実行委員会とは別に、展示内容を選定する「アート委員会」を県が設置する方針を固めており、これに対して作家、芸術関係者から強い批判が上がっていた。実態は検閲しようとしたところ反対され、空中分解したということらしい。

県としては「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展」のような騒動を回避したかったのだろう。その気持ちはとても良く分かる。ひろしまトリエンナーレは観光誘致の側面も強かったみたいだし、主催者の責任として、炎上し批判され、収拾のつかなくなる事態は避けたいという事だろう。

そうなると先の「表現の不自由展」の責任は重たい。「表現の不自由展」は主催者側が十分な説明責任を果たしていない、と広島県の職員の方は感じていることが「アート委員会」を設置した事からも推察される。

正直私もそう思う。公共の場で税金を使って展示をした以上、市民から作品の制作意図、展覧会の企画意図について説明を求められれば当然説明をしなければならない。例えば、「平和の少女像」や昭和天皇をモチーフにした作品など、最初から炎上しそうな作品が多々あったし、それらの作品について「なぜそれらの作品を展示するのか」という質問は来場者から出ることは当然予想出来ただろう。しかし、主催者側はその点の準備が、残念ながら不十分だったように思う。

主催者側は「説明する機会すら奪われたのだ」と言うかもしれない。しかし、そこは先回りして何らかの対策が必要だったのでは無いか。暴力や暴言で展覧会を中止させようとする人間まで出てくる中で、先回りして対策を打つ事は容易ではない。だが説明出来なければ展覧会は単なるスキャンダリズム、炎上狙いと言われても仕方が無い状況で、その対策こそが展覧会の生命線である。死守しなければならなかった。

表現とはなにか。世の中には、どうしても表現されなければならない事、発信されなければならない事があり、それらは一見不可解であったり、不愉快な見た目をしていたり、感情を逆撫でするような内容を含んでいることが多分にある。しかし、それは今私が言わなければ、あなたがそれを受け取ってくれなければ全て無かった事になる問題提起である。「表現」とは本来私とあなたの間にあるその構造のことであり、それ故どれだけ不愉快で気持ち悪い見た目をしていても眼を逸らす事は許されない。その中には問題を解く鍵や新たな問題意識が内包されている。学術体系の全ては、社会に今ある問題を解決するために存在し、美術・アートとて例外ではない。

思わず眼を逸らしたくなる不愉快な表現も、「どうしてもあなたに受け取ってもらいたい」という動機があるからこそ、「見たくない」と観賞を拒否する人には丁寧に説明しようという姿勢が必然的に生まれる。ただ鑑賞者を挑発する作品、展覧会にはならないはずである。「表現の不自由展」の実体はどうであったのか、その展覧会を見る事が出来なかった私には分からない。しかし、主催者側が美術としての論理と価値をはっきり説明出来ていない以上、あの展覧会での「表現の自由」はレトリックなのではないか。我々表現を発信する側が、「表現の自由」を軽く扱ってしまったのではないか。

私は制作者側なので、何とか「あいちトリエンナーレ」「表現の不自由展」側を擁護したい。私は「表現の自由」をとても大切に思っている。しかし「表現の自由」に残ったのは今にも崩れそうな外殻だけである。もう一度、表現する者全員で作り直さなければならない。

 

 

跡形なのか、その瓦礫は 4

現在、コロナウィルスでまさかの緊急事態宣言の真っ只中である。若干落ち着いてきたとはいえ、世界はパンデミックである。映画とかマンガの中だけの出来事だと思っていた。連日海外の感染状況が報道されており、外国では都市封鎖されたり外出禁止令が出て、それを緩める、緩めないと各地で揉めているようだ。不用意に外に出ると罰金や拘束の対象である。企業も飲食店も営業を制限されている。

日本では海外よりも「緊急事態宣言」の力が弱いので割と自由に日常品の買い物に行けたり、気晴らしの散歩に行けたりはする。小池都知事から「ロックダウン」の発言があった時はめちゃくちゃびっくりしたし、それこそ映画ではないか。とは言え強制力が弱いのは市民の立場からすると生活する上で気分的には楽である。それを良い方向に捉えれば、めちゃくちゃ良い方向に捉えれば政府と市民の間に信頼関係があるということになる。ただ、強制力がないが故に、都市部から地方にコロナを避けて逃げた人が感染を拡げるリスクを高めただとか、海岸などでは他県からサーファーや釣り人が集まってるだとか、暇な人がパチンコ屋に行列を作ったとか、感染防止上良くない報道が連日されている。本来なら禁止したい行動が法的強制力を以って禁止できずにいるのだ。

こういう事態になると必ず出てくるのが多少基本的人権を制限しても政府の権限を強めた政府の方が事態を上手くコントロールできる、という主張である。現に一党独裁の中国政府はうまく事態を収拾させており、民主主義的な欧米の政府は甚大な被害を出している。中国は強硬な都市閉鎖や、わずか数日での病院建設と医療資源の集中という、強い権限を持っている政府だからこそ可能な政策を実行して事態を収拾してみせた。

日本ではそのように報道されているが、対照的に国内では緊急事態宣言以降も上手く感染者が減らず、それは感染リスクの高い行動に対して罰則を課すことができない強制力の無い「自粛要請」しか出せない事が原因ではないかと言われることが多い。

確かにそうかもしれない。日本がそれこそ昭和戦中のような強権国家であれば、都市を封鎖し県境を超えることを禁止し、パチンコ屋に並んだ人々を逮捕できるだろう。病床が足りなければ土地を接収し、一気に病院を立て病床を確保すれば良い。それも一つの解決方法である。

一度シュミレーションしてみよう。私は大阪在住なので「大阪ロックダウン」である。まず県境を封鎖するには警察だけでは人手が足りない。警察は府内のパチンコ屋や南港の釣り人、季節的にいちご狩りをしている人々を取締る為にパトロールに行くからである。県境を封鎖するのは自衛隊にやってもらおう。監視には大人数が必要だ。彼らの一部隊が大阪と京都あたりの境目あたりを監視する。多分枚方とかで1号線か第二京阪を見張る。大阪から逃げようとする住民がいれば発見し、取り押さえるのである。また京都から食糧を売りに行こうとする密売人も拘束しようとして取っ組み合いになるかもしれない。なんとか捕まえて尋問もするだろう。それを何回か繰り返しているうちに彼らは感染するのである。そもそも、監視する側は一箇所に何人も集まって同じものを食べて日々の任務をこなす。一人感染すれば監視どころではなくなる。

警察の方のパトロールだって大変である。車に二人乗りだって感染リスクはあるのに、パチンコに並んだり、釣りをしたり、いちご狩りをしている人に罰金刑を科すためには、少なくともそこに集まっている人数に近い数の警官が現地に赴かねばならない。警官2人とかだと簡単に逃げられてしまう。パチンコ店内と移動中の警察車両の密集度はどちらが高いか、私には判断がつかない。

病院が足りない=感染者が多く出た、地域に数日で病棟を建てようと集めたたくさんの大工さんや職人さんがその病棟に入院することにならないのだろうか。

ちょっと考えただけでも上手くいかないのではないかと思うが、仮にそうだとしてもシュミレーション下の強権な日本政府ではそんな報道はされない。強権国家には政府の立場を危うくするような「言論の自由」も「報道の自由」もないからである。そうこうしている間に国内に感染は拡がり死亡者も出るが、同時に集団免疫も獲得するので騒動はおさまる。あとは報道をコントロールし、日本政府が上手く事態を収拾した印象を持たせれば良い。幸い、致死率は高く無かった。

いや、このようなシュミレーションは極端だ、という反論もあるだろう。しかしよほど上手く規則を設定したり、罰則を設けても事態はさして変わらないのではないか。逃げようとする人を拘束したり、押し問答したりしている間に感染者は出る。事実、都市封鎖したり外出禁止に罰則を設けた諸外国でも感染は拡がったではないか。政府の権限を強くすることが、本当に解決に繋がるのだろうか。

今でも日本では多くの人々が「自粛要請」に従い、外出は減っている。あとは政府が企業や商店の「休業補償」をすればパチンコ屋や飲食店に行く人がさらに減り解決に向かうのではないだろうか。強権的に都市封鎖するよりよほど現実的である。

私は政府の権限を強くすべきだ、と主張する意見を責めたいわけではない。ただ、権力を強化しても解決に向かわないだろうし、それ以外での解決方法もあるだろうと思うのだ。

それと併せて、日本を含めた「強権的な独裁国家」が前世紀に何をきっかけに登場し、何をしたかは知っておくべきだと思う。権力は必ず腐敗するし、小さなきっかけで暴走を始めた権力はなぜか止めようがない。「キリングフィールド」はあれだけ残酷なシーンがあっても、3割ほどしか現実を映像化できていないそうである。私はカンボジア出身のバンディ•ラッタナの「独白」という映像作品を観て以降、マンゴーを好んでは食べなくなった。ジョージ•オーウェルの「動物農場」や「1984」は吐き気がするような小説であるが、しかし自由を奪われた社会というのはかくの如きだろう。

人々の権利を強権的な政府が抑制する。政府の権限強化を主張する人達は、強権的な政府を何で縛ればよいと考えているのだろうか。法律では縛れない。法律も強権的な政府が作り、執行も強権的な政府がするようになる。自由は制限される。

ならばそれとは逆に、未知の病気の兆しが現れた時にはその情報を広く発信し、専門家の議論を促す「言論の自由」が担保された民主主義的な社会を維持し、パンデミック自体を未然に防ぐことが、次善の現実的な対処である。

 

跡形なのか、その瓦礫は 3

 

「ひろしまトリエンナーレ2020」で事前検討委員会を設置する方針を県が示した。昨年の「あいちトリエンナーレ」での「表現の不自由展」のような騒動を回避するのが目的だろう。あいちトリエンナーレの補助金は減額支給となるようだ。私は「表現の不自由展」が様々なメディアで取り上げられ、批判の対象になっていた際、テレビ朝日のある番組で女性アナウンサーが「こういう展覧会がしたいのなら、税金を使ってではなく自分達のお金ですれば良いんですよ」と憮然とした表情で発言したことを覚えている。彼女は自身のアナウンサーとしての報道の自由、言論の自由が何によって担保されているのか全く理解していないようだった。彼女の発言が正しいのなら、各テレビ局はスポンサーの意に反する報道は全くできなくなり、もはや価値中立な報道など不可能となる。もっとも、彼女が「報道の自由」というものは理想論の中にしかなく、現実はスポンサーの意に添った報道しかできない、と考えているのならそれは「正しい」発言である。

私も日本の報道番組、新聞をはじめとする各メディアが、価値中立的な報道をしている等とは考えた事もない。それどころか日本にジャーナリズムは存在しないとさえ考えている。戦後、長く平和が続いた日本では、報道の自由どころかそれらの土台となる「民主主義」について考える機会さえもどんどん失われていている。

日本は先進国であるが、決して報道の自由度が高い国ではないし、そもそも多くの国民は国際情勢やそれにまつわる政治に対しあまり興味を示さない。

例えば去年、香港で「逃亡犯条例」改定案を巡るデモが行われ、それは今も続いているが、2020年に入り日本では経過がほとんど報道される事はなくなった。2019年当時も日本人のほとんどは驚く程このデモに対し無関心であった。当時香港の「逃亡犯条例」改定案を巡るデモは苛烈を極め、2019年11月8日、初めてデモの参加の最中に犠牲者が出たことが公式に確認されたが、その際もテレビや新聞ではまるで交通事故でも報道するような、随分あっさりした報道だった。犠牲者は香港科技大学の22歳の男子学生だった。

11月8日以降の香港デモの混迷と、それに対しての日本人の無関心さについては、ジャーナリストの福島香織氏が書かれた「日本人が香港デモに無関心のままではいけない理由」に分かりやすくまとめられているので、良ければご一読頂きたい。

福島氏の記事でも言及されているが、これら香港の一連の出来事は、もう少し地域と時間を巨視的に設定してみれば、第二次世界大戦後から続く「開かれた自由主義社会」と「管理された全体主義社会」の対立である。しかし、各メディアはこの事に対しても踏み込んだ解説や報道はほとんどしなかった。

2019年11月末、林鄭月娥行政長官が「香港区議会議員選挙」を行う事を宣言する。私はたまたま車の中でラジオを聴いていたのだが、その番組内で香港デモが話題に上がり、担当のラジオパーソナリティが「条例撤廃の要求は通ったのだから、今デモを辞めないと辞め時を失う。最初の頃と違って今は不満を持った学生が暴れているだけのように思う。」といった旨の発言をした。日本のメディアが香港のデモについて報道する際、「生活に心配のない学生が暴れて、市民の多くが迷惑をこうむっている」といった認識で語られることがとても多かった。私はそのラジオの発言と前後して、他のメディアでも似たような発言を見聞きし、都度愕然とした。

そこには自由と民主主義を論点に語ろうという意思は皆無であった。

香港がイギリスから中国に返還されたのは1997年であるが、その後50年間は一国二制度を採用し、外交と国防を除き高度な自治が約束されていた。それが「逃亡犯条例」改定案によって脅かされそうになっている、と市民が危機感を持ったところからデモはスタートしている。しかし、2014年の雨傘運動でも、中国による言論封殺への危機感は叫ばれていた。

もっとも、それらの危機感は香港だけではない。雨傘運動の少し前、ほとんど日本で報道された記憶はないが、台湾でも中国に対してのデモが行われていた。当時(今も)台湾の産業の空洞化は、一部の面で日本以上に進んでおり、大企業の工場は中国に移転していた。九割以上と言われている台湾の中小企業は、中国資本の進出、浸透によって壊滅的な打撃を受けていた。その中でこのまま中国に飲み込まれてしまうのではないか、という漠然とした不安が顕在化し、立法院(日本の国会議事堂)がデモ隊に占拠されていた。ひまわり学生運動である。日本のごく僅かな報道では単に「台湾立法院の占拠」と報じられることが多かったようだが、ネット上ではニコ生で院内の様子がアップされていた。

雨傘運動のトリガーは、香港で導入予定であった香港特別行政区行政長官選挙の1人1票の「普通選挙」が、のちに候補者は指名委員会の過半数の支持が必要であり、また候補は2-3人に限定するという中国の政治的意思が反映されやすい内容に変更された事であった。ひまわり学生運動では台中間のサービス分野の市場開放を目指す「サービス貿易協定」がトリガーとなった。前者は香港への政治的な、後者は台湾への経済的な影響力を中国は強めようとしているのではないか、そういった漠然とした不安が顕在化したと言える。

今や超大国と呼ばれる中国は資本と政治を両軸に、他国、他地域に強い影響力を持つようになった。恐らく、今の日本政府は中国のような国民に対して強い政府を目指しているのだろう。そのためにいくつかの法律も変更された。国民や企業を強くコントロール出来れば、市場も幾分操作し易くなる。そしてその経済力をベースに他国に対しても優位を築こうというのだ。要は中国の真似をし、経済大国に返り咲きたいのである。中国の経済政策と国民統治は非常に上手くいっている、というのが日本政府の評価と本音だろう。

私たちは、韓国などでは成立した「経済の繁栄が民主化を促す」というモデルが、破綻してしまった時代に生きていると認識を改めないといけないのかもしれない。

今、我々は「民主主義」とは何か、「言論の自由」とは何か、と問われた際に、自らの血の通った言葉で説明出来るだろうか。

我々は言語によって自らと世界を分節している。自らの言語の限界が、また自らの世界の境界なのである。言い換えれば、「名付けられること」によって、初めてそれは意味を確定する。名付けられる前の、「名前を持たないもの」は実存しない。

「私たちが考えることのできないものを、私たちは考えることはできない。それゆえ、私たちが考えることのできないものを、私たちは語ることができない。(……)世界は私の世界であるということは、言語(それだけを私が理解している言語)の境界が私の世界の境界を指示しているということのうちにあらわれております。形而上学的主体は、世界に含まれているのではありません。それは世界の境界なのです。」ルートヴィヒ•ウィトゲンシュタイン『論理哲学論』山元一郎訳、「中央公論 世界の名著58」1971年,319-320頁

言葉を知るまで知らないものがある。「花は美しい」と言うけれど「花」も「美しい」も未知の言葉なら、美しさはおろか花さえ見る事はできない。

先述の若いアナウンサーもラジオパーソナリティーも、なぜ自身がメディアで話せるのか、その根本を保証するものに対して考えたことも無い様だった。もはや言論や思想の自由について語る事は、日本では本質を伴わず形骸化している。我々は自由を語る時、日常の範囲にある語彙で語ろうとするが、それでは語彙が足りず意見を交わす事も、議論する事も出来ないのだ。「語られるもの」は、その複雑さに見合う「語るべき言葉」を要請し、それが承認された時のみ概念となる。

今、「開かれた自由主義社会」と「管理された全体主義社会」の対立の結果が、我々の未来を大きく左右しようとしている。我々は自由について語る言葉も思考する言葉も失っているが、その自覚を持つものは僅かである。だからこそ我々の語る「自由」は貧相で、目の前の自由が少しずつ削り取られているにもかかわらず、自身は自由である、と無謬に信じられるのだ。

BBC写真で見る「香港デモ、怒りと絶望に満ちた6ヶ月

跡形なのか、その瓦礫は 2

表現の自由が危ぶまれる機会が増えている。ここ数年の藝大、美大の卒制展でも、政治的な問題や、ジェンダー、ナショナリズムをテーマとして取り扱う作品は展示拒否を言い渡されることがあると聞く。

その昔、共産圏の国々や、独裁国家では表現の自由が規制されていた。ソビエトの社会主義リアリズムは余りに有名だし、ドイツの退廃芸術展は未だに汚点であろう。そもそも独裁国家で表現の自由を認めていては政権批判され暴動に繋がりかねない。許されるのは政権を賞賛するプロパガンダのみである。そのような時代、社会体制であるならば、表現が規制されることは、あくまで理由としては理解出来る。

民主主義的な、「開かれた自由主義社会」では、表現の自由は社会を運営していく上でプライオリティは高い。表現や言論の自由が担保されている社会では、銘々が様々意見を出し合い、その中でおおよそ妥当性が低いとされた意見が自然淘汰され、妥当性の高い意見が残る。これは単にその時同意者が多い意見が残っていくという事ではない。短期的には最適解のように見える意見でも、中期的、長期的な視点で捉え直した時には誤りであった、という事も多い。長い時間が過ぎる中で、ようやく有用性が認められたり、正当性が認められる意見もある。一番分かり易い例は「大日本帝国」ではないだろうか。当時は正当とされた国家も、今では軍国主義を肯定する人はいないだろう。

第二次世界大戦の終焉で軍国主義は一掃され、ソビエトの崩壊で社会主義の実験は失敗したかに思われた。しかし、今や瀕死なのは民主主義的な、「開かれた自由主義社会」の方である。

アメリカではトランプがおよそ民主主義とは思えないような独裁的な手法で政治を動かし、国際的な混乱を引き起こしているし、イギリスでは記者時代からECの信用を傷つけるために虚偽の事実や誇張を交えていたと批判されたり、オバマ元大統領への発言が人種差別的だと物議を醸したボリス•ジョンソンが現首相である。財界からの要望がよほど強いのか、今や一番の親中国は日本である。財界の男妾と呼ばれたのは佐藤栄作だったか、と記憶が曖昧になる。

結局のところ、「開かれた自由主義社会」と「管理された全体主義社会」とでは、どちらが上手く社会を運営して行く事ができるのだろうか。20世紀では圧倒的に自由主義が優位に立っていたように思われた。しかし、今世紀に入って中国の発展は目覚ましい。一部では中国のように権力を持った中央政府が政治、軍事、司法、経済を一元的に統率出来た方が、国はスムーズに発展していくのではないか、という意見まで出てくる。それを裏付けるように、もはや日本の経済力は中国には到底及ばない。

民主主義とは多くの人の異なる意見を話し合いによって一つにまとめる複雑で時間のかかる政治形態である。この過程を丁寧に行おうとすればするほど費用と時間がかかり、遅い政治は今や秒単位で変化する経済の変化に対応できないと批判を受ける。ではここで経済の変化のスピードを落とし、政治と経済の歩調を合わせよう、という意見は相手にされない。全体主義社会のほうは意思決定が速いので、経済の変化にも対応し易い。それどころかレバレッジの効く投資経済で意図的に小規模なバブルを形成し、経済を大きく膨らませる、あるいは膨らんでいるように見せる事すら可能だろう。実体経済においても、特にそれが発展途上国である場合、先進国の過去の発展過程をモデルケースに、条件に合わせて最短で正解を選択し易すい。

我々は近隣諸国の凄まじい速度の経済発展を前に、悠長に話し合いなどしていては置いて行かれるのではないか、追い抜かれるのではないかと焦燥感を抱くのである。

結果、民主主義国では行き詰まった現状を打破できる人物が、市長や首相として求められる。当然、民主主義的な手法で時間をかけて解決方法を探ろう、という人物はこれに該当しない。もっとカリスマ性があり、敏腕経営者のように収益を上げ、強引なほどの決断力と、反対をものともしない遂行能力をもった人物が、つまり反民主的で独裁者のような人間が、あるいはトランプやジョンソンのような人間が、国民の一時的なフラストレーションを払拭するためだけに選挙で選ばれるのである。ちなみに先進国において現状の諸問題を単独で解決できる人物など存在しない。それは何人もの人間が集まり、時間と知性を掛けて組織的に解決するしか無い問題なのである。

単独で、短期間で解決しようの無い問題に対し、1人で解決できる、すぐに良いほうに大きな変化をもたらす事ができる、と明言できるのは独裁者と詐欺師だけだ。

「管理された全体主義社会」の中で、優れた指導者が間違えずに国民を導いてくれれば我々はどれほど幸せだろう。しかし間違えない人間など存在しない。全体主義社会のリスクは、指導者が間違えた時に歯止めが効かない事である。また指導者の権力を強化する為に神格化が行われている場合は、経済がどれほど悲惨な状況となっても、国民に飢饉で死者が出ても、その誤りが認められる事も、指摘する事も許されない。絶対の指導者は間違わないという前提のもと、悲惨な現状が狂気で肯定されるのは歴史が教える通りである。

現在の世界情勢で、経済を短期間で大きく成長させることが出来るのは間違いなく全体主義社会だろう。しかしそれは前述の国家存続のリスクと引き換えである。

私見だが、国家の目的は「存在し続けること」だと考える。そしてそれを支えるものがあるとすれば冗長性、それも馬鹿馬鹿しいほどの冗長性(リダンダンシィ)に他ならないだろう。社会的な冗長性を担保するものは、言うまでもなく表現と言論の自由に基づく多様な意見である。「開かれた自由主義社会」に優位性があるとすれば、正反対の意見でもどちらが正解かすぐに判断せず一旦それらを留保する事が可能な事だろう。時間の淘汰圧に耐える事ができた意見を正解とすれば良い。言い換えれば、アートであれ他の文芸の分野であれ、様々な思考実験が可能ということである。これらは中、長期的には社会に文化的恩恵と成熟をもたらすだろうが、短期的で単線的な経済成長とは引き換えである。それでは時間ばかり掛かって目先の金にならないと言うのであれば、我々は失ってから嘆くしかない。表現の自由が欲しいと。

跡形なのか、その瓦礫は 1

今現在、アート・美術の展覧会で、どの程度までの表現が可能か。

去年のあいちトリエンナーレの政治的なモチーフ、テーマの作品への表現の自由を巡る問題は記憶に新しい。(個人的には、あのような炎上前提の展示のされ方は、展示する側が表現の自由を逆に軽んじていることにならないか、と思わなくもない。とはいえ内容を直接見ていないので確かな事は何一つ言えないが。)

過去の展示でも、鷹野隆大氏の写真は、被写体の男性2人の裸体を通して微妙な距離感、関係性、ジェンダーを問う、とは受け取られずに猥褻物と判じられた。そう言えば明治時代にも裸婦像の下半身に布を巻いて展示する、といった事があったように思う。

NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]での吉開菜央氏の映像作品《Grand Bouquet/いま いちばん美しいあなたたちへ》の一部では、指が折れるシーンが暴力的だとして黒塗りで展示された。

オーストリアで会田誠氏やChim↑Pomが参加した、日本の表現の自由の限界をテーマとした「Japan Unlimited」は内容が反日的であるという批判が集まり、日本大使館の公認が取り消されている。

主に政治的なものや生々しくジェンダーを問うもの、暴力的、反日的なものが規制の対象となるようである。誰もが不愉快なものや難解なものは見たくないので、それは当然かもしれない。

私はアートが楽しいもの、心地良いものであると考えている。これは私と同じように、他の多くの人がアートをエンターテイメントに近いものと捉えていることの裏返しだろうと思う。美術館やアートイベントはとても楽しいので、休日に遊びに行ったり、デートで訪れるのに最適だ。美術館≒ディズニーランドである。もし私がディズニーランドに遊びに行って、反日なマッチョに政治的でセクシャルな暴力でぶん殴られたらそれは「夢の国やろがい!もっと普通に楽しませてーな!」とクレームするのが当然と考えるだろう。「いや、目の前にあるこれらがどれだけ気持ち悪くても、不愉快でも、社会にとって無視出来ない問題を含んだ内容だから、痛がりながらでも、分かりにくくても何とか考え、殴りかかって来た相手と意思疎通を図るように」と言い返されたら即刻裁判を決意する。「何で入場料払てやで!!遊びに来てるこっちがそんな嫌な気持ちにさせられながらめんどくさいことせなあかんねん!こっちゃ客やど!」と叫ぶだろう。万が一、裁判できないなどと弁護士に言われたら気持ちが収まらない。運営会社に毎日クレームの電話を入れる。

私は知的コストを出来るだけ支払わずに、緩く楽しく快適な毎日を過ごしたい。きれいなものだけ見たいのだ。資本は遊んだり、恋愛したり出来る場を用意し、そこから不愉快なもの、難解な物を排除して欲しい。政治的な問題は政治家が、ジェンダーの問題は専門の研究者が解決案を私に示してほしい。日本国民である事に誇りを持ちたい。私はきちんと税金を支払っているので、日本政府はそれらの要望を満たした生活の場を保証してほしい。それが私の持つ最低限の「幸せ」の権利である。

こうして文章にして見ると、私の考える「幸せ」とは非常に幼稚である。私は、快適さや楽しさが少額のお金を支払って得られるのは、十分な社会インフラと健全な社会制度が有ってこそであって、その両者の質は、私自身の知的水準、市民としての成熟度によって担保されているという事実にきっと気付いていない。私がその事実に気付かない限り、それは今ある社会インフラと社会制度を弱い酸のようにじわじわと溶かし、劣化させるだろう。

上記の展覧会の、それぞれの規制の問題の本質は、本当に表現の自由を巡る問題だったのだろうか。表層的に見れば、確かにそうである。

かつて近代国家は美術館、博物館、劇場、図書館、コンサートホールなどの公共的文化施設に自らを表象した。時代が進み、巨大な近代国家は解体され、やがて資本と「私」が次なる主体として現れたが文化施設を自らの権力意思の代理表象として捉えていることは異口同音である。資本と私は毎日を楽しむこと、幸せな時間を送ることを金科玉条とする。資本がエンターティメントを準備し、私がそれを享受する。そこに難解で手間のかかる批評や議論は存在しないし、またそれらを私は必要としない。

しかし、あえて言う。国民が制度や慣習を含め自国を批評するのは、民主主義国家として当たり前の事である。

きっとあなたは忘れてしまう

この数年なんとなくだが、空気が変わった。時代の、と言えば幾分大げさだが、何かそういった世の中全体を覆うものが変わった気がする。

それは美術やアートと呼ばれるカテゴリの内側で考えてもそうで、一昔、二昔前には確かにあった「これはどの辺がアートなのか?」と思わず首をかしげるような、領域越境的な作品を見る頻度が、急激に減った。代わりに、随分ストレートな、分かり易い、どこか既視感のある作品を見る機会が増えた。つまり保守的な作品、ということだ。

例えば、10〜15年程前の絵画は、「かわいい」でくくられる作品がとても多かった。それらは2000年前後に台頭した村上隆、奈良美智らを代表とする一連の「かわいい」作品の影響を受けている事は明白だった。

しかし、それら多数の、玉石混合の「かわいい」作品群の周囲には、常に「これはアートなのだろうか?」という否定的な疑問符が付いて回っており、それらの疑問符は批判の反面、「アート」の領域が拡張されている、という事実を示唆していた。「アート」そのもののアイディンティが自問自答され、意味がアップデートされる瞬間にのみ、そのような疑問符は起ち現れる。

ちょうど10年前の日本では、それまでの欧米を規範とした「現代アート」の枠組みから、日本独自の「かわいい」路線のアートへの転換の方向性が色濃く映し出されつつあった。中でも象徴的なのは2009年に上野の森美術館での「ネオテニー•ジャパン 高橋コレクション」展であった。

その展覧会は、私の眼には、「ネオテニー=未成熟な」という欧米では否定的に捉えられる部分をあえて戦略的に前面に押し出し、世界に向けて発信する事で、欧米のアートの文脈に日本独自の立ち位置を確保しようという動きに見えた。それは浮世絵でもなく、オリエンタルでもない、日本が自らのアイデンティティを自らの身振り手振りで発信する、恐らく初めての事態であった。そして諸外国は概ね、この発信を好意的に受け取ったように思われた。

ちなみに、「かわいい論」(ちくま新書、2006年)の中で著者の四方田犬彦氏は、英語で「かわいい」にあたる単語は「cute」や「pretty」であり、それらの語源を遡れば、それぞれ「叡智や機知に長けて抜け目がない」といった意味のラテン語「acutus」や、「ずるい」といった意味の古代英語「praettig」になると述べている。厳密に言うと日本語の「かわいい」とは若干意味の背景、射程が異なるようだ。また英語に限らず「かわいい」に対応する概念、単語は他の国にもなかなか見当たらないらしい。

この頃、私は国立国際美術館の「エッセンシャル・ペインティング」と題された展覧会で「美少女戦士セーラームーン」の主人公が大きく描かれたタブローを見た。作者はヨーロッパ圏の人間だった。何か自分の中のイメージとは捉え方の異なるセーラームーンだな、と違和感を感じたが、それは「ネオテニー」との差異だったのかもしれない。

この「かわいい」を前面に押し出した作品群を、あまり見かけなくなったのはいつ頃からだろう。記憶を辿ってみると、第51回ヴェネツィア・ビエンナーレ(2005年)の日本代表に石内都氏が決定した際、日本は「かわいい」だけじゃない、といった旨の主張を読んだような記憶があり、もしかしたら「かわいい」路線は一方で「ネオテニー」として、一部からは嫌悪されていたのかもしれない。2005年ごろは「かわいい」全盛で、ヴェネティア・ビエンナーレでももっと押せばいいのに、と当時の私は無邪気に思っていた。

前述の「かわいい論」の中で四方田氏が、「かわいい」を一番毛嫌いしているのは上野千鶴子であろう、といっていたが、そう言えば第51回ヴェネツィア・ビエンナーレの日本館コミッショナー、笠原美智子氏もフェミニストだった。

当時の一連の「かわいい」作品群は、確かに未成熟で、幼く、庇護を求めるような弱々しさがあり、それ故一部から反感を買うのは、今となっては理解できる。何よりも男性的な視点で未成熟さを肯定しているようにも見え、それを嫌う人たちは、このようなものが日本の代表的な文化であっていいはずがない、日本にはもっと文化として、立派に海外に発信できるものがある、と言いたかったのかもしれない。

しかし、少なくとも美術に限って言えば、当時の「かわいい」には、それまで我々が目を瞑って見てこなかった、もう一方にある我々自身の文化的に「未成熟」な情けなさを直視させる強さがあった。しかし、それを(当時の)日本文化の現状である、と提示して見せた村上隆氏の実績に対しての国内の評価は、あまりに過少評価である。日本は自身の「未成熟さ」を見せつけられても、そうであるが故に認めることも向き合う事も未だできない。

この数年、「かわいい」という言葉を以前程の頻度で聞かなくなった。以前、建築の分野でも妹島和代や石上純也など、名だたる建築家が建築の検討、講評の際に「かわいい」という言葉を使っている、と知ったときには、従来の芸術分野にそぐわないこの美学が、システムを内側から食い破るのではないか、と真剣に考えたが、それは恐らく私だけではない。

現在、絵画は保守的な作品が以前よりも多く見受けられる。(あえて具体例はあげないが)とても作者が20代とは思えないような古風な作品が注目を集めることも多い。

さて、保守的である事と、安易なナショナリズムが結びつきやすいという事は例をあげるまでもないが、明治や大正を思わせるような「日本的」な作品もまた増えている。2020年には東京オリンピックも控えているが、おそらく、この安易な「日本的」な文化もまた、海外に向け発信されるのだろう。それは「かわいい」を拒否した一部の人たちがもてはやす、立派で伝統ある「日本的」な文化かもしれない。しかし、理想的な人間像が生み出す理想的な文化観というものは、矛盾を突きつけられ、終わったはずのモダニズム的な価値観の残滓であろう。それはどこか演技がかった虚しさと、時代錯誤の付きまとうものでもある。なぜ今、古い時代を焼き直すのだろう。

どちらにしろ、かつて「かわいい」と呼ばれた美学が持っていた一つの可能性が、芽を出した途端に潰えたのだ。それはアートの内側に限って言えば、批評の機能不全が原因であったかもしれないし、我々の現状の文化と向き合えない、無知蒙昧さが原因だったかも知れない。

恐らく、明治以降これまでの各時代の文化的な変わり目で、堕胎してしまった可能性は「かわいい」だけでは無いのだろう。ただ、我々はそれらをすっかり忘れて、コメディのように繰り返しているだけである。

お前が死体になる前に その2

前回、「画家」の笹山直規の作品について、15年間ひた隠しにしていた本心、評価を下げるようなことを言ってしまったので、今回は私なりに批評になるようなことを書いてみたいと思います。彼の作品は死体というモチーフからして炎上前提なような気もするのですが、そういった倫理面からの拒絶のされ方が目立ち、作品の中身、クオリティについて言及される事は驚くほど少ないのです。従って、彼が自分自身で作品の中身、クオリティについて語らずを得ず、それは必然的に客観性を欠き、状況としては良くないものだと思われます。微力ながら、その状況を好転させる一助になればと思い、この文章を記します。それでは始めます。

「画家」の笹山直規について語ろうとするとき、まずは2005年まで遡らねばならない。2005年は彼が、「空が泣いている、あたしが流せない涙のかわりに」という作品で、群馬青年ビエンナーレで大賞を受賞し、全国的に彼の名前と作品が知られる事になった初めての機会であるからだ。

当時も今も、言うまでもなく「死体」を描く事は見る人の倫理観を刺激し、公共の場で展示する事に議論を呼び込む。いや、その言い方には欺瞞がある。もっとはっきり言い直せば、見る事も展示する事も拒否されるのだ。そういった状況の中で、「公共の場」である群馬県立近代美術館で作品が展示され、収蔵されるに至った事実は、一つのごく真っ当な価値観を提示する。すなわち、美術において、「倫理」の問題と「作品としてのクオリティ」は分けて捉えられるべきものであるという事だ。

昨今、この「公共の場」という概念は、ほとほと誤った理解に基づいて運用されている。言うまでもなく、公共性の主語はマイノリティである。どうしても弱い立場を強いられる場合が多いマイノリティに対して、配慮と権利は当然認められるべきであるが、現代では多数決のような文脈で「公共性」が運用されており、大多数が「是」とする方向に物事を押し進める際に「公共性」という概念が使用される。美術においては、大多数の人が「見る事」を拒絶すれば、公共性の名の下、展示スペースから作品は削除され、少数の「見たい」人の権利を剥奪する。本来の場合、正しい対処は(展示会場の入り口に、一部不快な表現がある、などとアナウンスを表示し)見たくない人は見ない、見たい人は見る、という事だけである。

現代の社会には、例えどのような立場の人であっても、資金がどれだけあったとしても解決出来ない問題がいくつかあり、倫理観、状況によっては法律さえも絶対的に「正しい」と言えない場合がある。故に、それらを疑う視点を含んだ美術、アートの表現は、規制の対象とされるべきではない。社会全体が誤った方向に進もうとしたとき、「それは違う」とはっきり示すこともまた美術、アートの役割の一つである。しかし、倫理観や法律はその時勢によっても左右されるので、時に歴史の分岐点に立ち会う作品は法律を侵し、倫理を無視する事になる。後世になってようやくその正しさを証明されるのだ。

さて、ここまでが、「倫理」によって拒否される美術作品、アート全体(笹山の作品だけではない)についての擁護である。断っておくが、笹山の作品が歴史の分岐点に立ち会う事になるような重要な作品である、と主張したい訳では決して無い。

「死体」を描く笹山の作品には中身がない。それは2005年当時から、現在まで一貫している。彼の作品の多くは、ネットにある事故現場や死体の画像を元に描かれている。恐らく、その素材に由来しているであろう、彼の作品は「フィジカルなリアリティ」を一切感じさせない。もともとネットの画像にリアリティを感じろ、というのは無理があるのかもしれない。一時期、現実よりもネットこそがリアルである、といった言説を見聞きすることがあったが、今となっては多分に古めかしく感じる。(もしそうだとすれば戦争のゲームをした人は、戦場のトラウマがフラッシュバックしないよう治療を受けねばなるまい。)リアリティとは身体を伴った一回性の体験である。笹山が描く「死体」は遠い外国の他人種のそれであり、どこか、B級映画の一場面を、つまり「作り物」を思わせる。一度でも、生死と隣り合わせの事故や事件、または戦争を経験したことがある人が笹山の描く「死体」を見れば、フィギアやジオラマといった物を思い浮かべるだろう。

笹山自身が2018年3月の展示のステイトメントで言及している通り、彼は「死体」を西洋美術の理想化された「人体」画の(対極的な位置づけであるが)延長として捉えているようである。スクリーンショット 2018-09-30 15.01.18

これは私にとって意外であった。というのは、私が彼の作品に感じていたものは、歴史的な視点よりも、むしろそういった物が欠如した、今、ここ、でしか感じ取れない倦怠感、膿んだ時代性だったからだ。

恐らくそう感じていたのは私だけではない。笹山が群馬青年ビエンナーレの大賞を受賞したときの審査員は、美術家の会田誠氏、インデペンデントキュレターの東谷隆司氏であった。今や説明するまでも無いが、会田誠氏の作品には意図的に歴史性と中身が無く、そういった構造を作品に持ち込む事で日本の現代美術を相対化、揶揄するようなものが多い。キュレターの東谷氏の代表的な企画展は1999年の「時代の体温」であるが、こちらの企画展も歴史的な視点は意図的に排除されていた。以下、それを示す椹木野衣氏の文章である。

『この展覧会は英字タイトルに大きく「ART / DOMESTIC」と記されているように、美術には、冷めた<インターナショナル(グローバル)>な理論や歴史からは決定的に損なわれている、自分が生きる場所を見据えた者だけに感じ取れる<ドメスティック>な「体温」と呼ぶべき尺度があり、それを可視化することがキュレーターとしての自分の仕事だと宣言することを意味していた。』ART it 椹木野衣>東谷隆司−その「存在と体温」より

会田氏、東谷氏、この二人が評価した点こそ、フィギアのように空疎な死体が逆説的に浮かび上がらせる、膿んだ時代の「生」=体温ではないのだろうか。恐らく、笹山の作品が評価に値するとすれば、この点以外には無い。彼の作品は、美術としての中身を伴わない=理論や歴史からは決定的に損なわれている、からこそ意味を持つのだ。そう考えれば、質感の生々しい油彩の作品よりも、軽快な色彩とタッチの水彩の作品のほうが優れている事にも説明がつく。「死体」のリアリティから離れれば離れる程、彼の作品は意味を持つだろう。

しかし、2005年から現在までの十三年間、この「体温」は前述の「公共性」によって蔑ろにされてきた。笹山の作品に漂う「残酷さ」はあくまで、身振りとしてのそれである。それは「死体」を「生」に反転するための装置として機能し、今、ここ、で感じ取れる「生きること」を突きつける為に必要なものである。

「時代の体温」を企画した東谷氏は、展示のあと早々に世田谷美術館を去る事になったそうである。その後、東京オペラシティアートギャラリー、森美術館といった現代美術の中心となるスペースに、学芸員として関わられたそうだが、私が知っているのはインデペンデントキュレターとしての東谷氏である。その先鋭的な企画ゆえ、「公共」の場で自身の思想を展開することが困難になったであろうことは想像に難くない。そして2012年にわずか44歳で自死する。

私にとって、東谷氏の死は笹山の作品とどうしても1セットで想起される。笹山の作品は、まさに特定の何人かが感じている「生きにくさ」そのものであろう。美術には今、ここ、にしか存在し得ないドメスティックな体温が確かに存在する。それは、理論や歴史とは別の次元の手触りであるだろう。

以上が、2005年から私が考え続けている「忌避されるもの」として捉えられる笹山の作品の、公共での役割である。「中身がない」笹山の作品は、発展の仕様がない。それ故、2005年から同語反復的に一貫しているのである。恐らく本人はその事実を否定するだろう。しかし、ナルシスティックな笹山本人(それは「空が泣いている、あたしが流せない涙のかわりに」という作品タイトルからも推し量る事が出来るだろう。)の言説は本人自身を捉え損ねている。はっきり否定しておかねばならないが、西洋美術の人体の延長として「死体」を描くことに、どのような意味も価値も有り得ない。

時は流れ、2018年となった。2005年当時よりも、よほど受容される表現の幅は減り、画一的なものとなった。「現代美術」はアートという口当たりの良い言葉に置き換えられ、あくまで「楽しい」ものとして市民権を得た。「画家」という肩書きはもはや死語である。そのような状況下で、VOCA展に「画家」の笹山直規を推薦した東京ステーションギャラリーの学芸員、成相肇氏はどのような評価、批評を、時代に対して展開するのだろうか。ぜひ注目したい。