DAISUKE MAEDA

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「美術」の主語は誰か

巷では「写実絵画」がブームだそうです。以前に比べて価格が2倍、3倍に上がっていると、たまたまWeb版の日経新聞で見かけました。

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そう言われてみれば最近「写実絵画」、その中でも一昔前に美人画と呼ばれていたような作品を見かける事が増えてきた気はします。

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こんな感じの。黒田清輝のような雰囲気の絵を見ることが多い気はします。

しかし、現代において、写実的•再現的な絵画を見る時、私の頭を「絵画とは何か」というモダニズム的な、少々古めかしい自己言及的な問いがよぎります。

例えば、椹木野衣氏の「日本•現代•美術」や北澤憲昭氏の「眼の神殿」、佐藤道信氏の「美術のアイデンティティー」など、90年代後半頃から美術の制度史的な面にフォーカスを絞った本を見かけることが増えました。これらの本は明治に輸入された「美術」という概念が日本の社会に、民衆にどのように受容されてきたか、もしくは美術という制度を通して受容を強いてきたか、が論じられています。

あまり言及されませんが、美術とは「制度」なのです。

それは美術が「アート」に名称を変えた現在であろうと、その事だけはどうしようもなく変わらず、美術(アート)とは「見ることの制度」なのです。

『いや、だからさぁ!もっと広い意味で捉えりゃ!美術そのものも!なんちゅうか見ることの〈制度〉ということは出来ひんか?美術への構造主義的、記号学的アプローチが可能とゆうんであれば、この点でやろ!?けどさぁ、この種のアプローチじゃあコードが「見ること」の側じゃなくって、「見えるもの」の側にばっか求められとんちゃう?その場合は「見えるもの」、まあとりあえず、微妙に違うんやけど一旦「記号」と言い換えようや、「記号」がどんな状態に置かれとろうと、常に、既にあるもんっちゅうか、無条件に固定されたもんちゅうか、いつもおんなじもんが想定されとる!けどやで、「記号になる」瞬間ちゅうの?そういうもんが考えられるべきちゃうんかな!「見えるもの」—ひとつの色彩、ひとつの対象—がそれ自体で「記号」ちゅうわけではないんよ!それは多分、ディスクールの実跡のなかで記号「になる」んちゃうか?理解できんか!?お前にも解るように言うたろう!「見えるもの」が記号になるんは!例えばひとつの林檎が「静物」と呼ばれるとき!例えば美人のおねーさんが「美人画」と呼ばれるときちゃうかっつってんの!それは林檎を描いたり、美人さんを描いたりすることがそれ自体で絵として成立してまうこと、もっと言えばそれが「美術であること」を合図しとる!それは既にディスクールやろがって事じゃ!』

まぁこんな荒い語気でも、関西弁で言ったわけでもないでしょうけど、40年くらい前に美術と制度の問題を指摘したのが宮川淳氏でした。

美術やアートとは、その制度を自覚し、その枠から出ようとする、もしくは拡張しようとする行為の謂いであるのだ、と私は主張します。そしてそれは過激な態度であるべきですし、そうでないとまた意味もないのです。

「写実絵画」がただ写真のように描くだけではなく、例えばその描かれた人物の内面や心情、人間性まで見事に表していたとして、加えてそれぞれの作家の個性が強く表れていたとしても、それは単なる照明や光、ポーズの演出の中に、描く者、観る者双方の制度に促された視線が捉えた虚無にも似た幻影では無いかと思ってしまうのです。権力や制度と結びつき、それ自身に沿って現実を形成していく言説をディスクールと呼ぶ、というのであれば。

まあ「絵画」の方向性もそれぞれ、価値観もそれぞれなので何が良くて何が悪いという事ではないのかもしれないですが、マーケットや現状に対して、制作者側からも問題提起を、ということでこれを記します。

*参考文献「美術史とその言説」宮川淳 水声社

 

「私」の記憶はどこにあるのか

普段の日々が取り留めなく過ぎ去って行く中、人は誰でもたわいない事柄は覚えておれずいつの間にか忘れてしまいます。もしくはそれらの事柄の前後や詳細がどんどん曖昧になっていき、元の姿とかけ離れた形で記憶される事になります。家族や親類、親しい友人と集まって昔話となった場面で、一つの事柄に対しそれぞれの記憶や認識が食い違うといった事は珍しくはないでしょう。

個人にまつわる小さな出来事、記憶でもそんな曖昧な事態が起こるのですから、歴史のターニングポイントとなった大きな事件や事柄は、理路整然とした語り口、単一の視座での記述はそもそも不可能であるように思えます。

例えば、第二次世界大戦の始まった理由。その中の盧溝橋事件や真珠湾、硫黄島の戦いなどの個別の事柄。それらはこの百年での最も大きな出来事とその一部ですが、それらを経験した当事者達でさえ、視点が異なれば見える像が異なり、全容を把握する事は困難です。しかしそうであるにも関わらず、歴史化される際はあたかもそれらに明確な原因と結果があり、まるで一つの大きなストーリーがあったかのように記述されます。実際の全容は一人の認識できる範囲をはるかに超えて巨大で、当事者それぞれの異なった認識を無理矢理つなぎ合わせ、仮初めに全体像の輪郭を組み上げるしかないにも関わらずです。

ある出来事が歴史化される時、そこには必ず改変が加えられます。時には政治的権力を伴った意思によって。あるいは単に時間の経過と共に変化する価値観によって。歴史とは勝者の歴史である、と言ったのはヴォルター•ベンヤミンだったでしょうか。違うかも。

しかし、そもそもある出来事の複雑で大きすぎる全容を正確に記述することなどはじめから不可能ではないでしょうか。だとすれば、歴史は恣意によって「つくられる」ほかないものかもしれません。

4月22日より群馬県立近代美術館で始まった展覧会「群馬の美術2017」において、白川昌生氏の《群馬県朝鮮人強制連行追悼碑》という作品が撤去されたそうです。

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今回の白川氏の作品は、歴史や社会の記憶をアーカイブする為に設置されたモニュメントがテーマのようです。

本来、公の記録を刻む恒久的なはずの記念碑は、時とともに物理的に外観が変化します。それと相対するように、そこに刻まれた歴史や記憶、メッセージは思いがけない変容を遂げることがあります。布で覆われ、そこに何が刻まれていたか解らない記念碑(を象った立体物)は、まさに歴史や記憶が何らかの意思により「つくられる」ものであり、変容させるものだということを痛烈に我々に伝えます。今回の美術館の撤去命令により、白川氏の作品はその主張を美術館内でまさに体現した形となりました。

作品撤去により表現の自由を侵犯した事についての批判は各方面から起こっています。それに対しての県の言い分は、作品の元になった県立公園群馬の森(高崎市綿貫町)にある朝鮮人労働者の「追悼碑」を巡って係争中だから、ということのようです。

「係争中だから展示しない」ということは裁判の行方に何かしら今回の作品が影響するから、ということなのでしょうか。例えば仮に、今回の作品がどちらかに偏った思想を示していたとします。係争中の事柄に対して、偏った思想の作品を県立美術館が展示していたとしたら、その「偏った思想」を県が支持した、という事になるのでしょうか。

一方で法律に則れば、美術館での作品、展示には表現の自由が保証されており、基本的に主催者も美術館も作品の政治的主張に口を挟む事は出来ません。逆に言えば、そこでどのような主張が作品によって展開されたとしても、それは主催者や美術館の主張、立場とは独立したものであるという事が前提になります。その前提がある限り、「係争中であるから作品を撤去する」という主張は矛盾•破綻していると言わざるを得ません。

しかし現状「係争中だから展示しない」という事態は「美術館で展示されている作品は、おおむね主催者や美術館の政治的主張と近いものである」という前提がないと成り立ちません。現にWeb版の朝日新聞では撤去の理由を『同館は「県は碑の存廃をめぐる裁判の当事者。存否の両論を展示内容で提示できない以上、適さないと判断した」としている。』と報じています。論理的には破綻した事態に思えます。

そもそも、今回の作品は「追悼碑」の是非を問うものですらなく、現地にある追悼碑がモチーフとして採用されただけです。

どう考えても何らかの恣意的な撤去の理由を「係争中」ということをこじつけ覆い隠しているように思えてしまいます。もっとも、覆い隠されているものがあったとして、それが権力者による主義や思想の抹殺といった剣呑な事態とは限りません。ある県の職員が、議会の上層部からつつかれ出世に影響しそうと思って「時期が悪いので今回は見送りに…」、とか、議会の保守派重鎮が作品タイトルだけを見て作品の中身は見ず「けしからん!」といったとか、実は深みも奥行きもない事態が覆い隠されているかもしれません。

一口に「表現の自由の侵犯」といっても、その理由や主体は様々です。日本の新聞、報道機関はその辺りを掘り下げないなぁといつも思います。今回のケースも前述の矛盾•破綻を指摘し、本当の撤去の理由は何だったのかを言及している新聞、報道記事は(私が調べた限り)見当たりませんでした。そういえば、日本にジャーナリズムなんてものは無く、ジャーナリストも存在しない、という皮肉を耳にした事が過去何度かあります。報道の自由と表現の自由は相関関係があるのです。

繰り返しになりますが、今回の騒動はまさしく白川氏の作品のテーマが現実に立ち現れ生成されていく過程に立ち会ったと思えるものでした。私はこの作品を鑑賞する機会も、作品について議論する機会も奪われたのです。

撤去騒動の本当の理由は何だったのか、誰の意思で作品が撤去される事になったのか。そもそも、作品はどんな内容のものだったのか。その全てが解像度の低いモザイクのような形でしか報道されない事に表現の自由が侵犯された事と同等の気持ち悪さを感じます。表現の自由が侵犯された、と大仰に報じている新聞やメディアでさえ、解像度の低い報道の仕方から実はその事に大した関心を持っていない事が伺い知れます。だとすれば、目の粗い報道を通じてしか遠隔地の出来事を知り得ない「私」の記憶はどこにあるのでしょうか。

 

それは制度の終わりを伴って

一つの制度には寿命がある。今その寿命を迎えつつある一番大きな、かつ重要な制度は「資本主義」かもしれない。資本主義からの脱却は90年代の末期から、恐らくはタイの血塗れのバーツやスカンジナビアの金融危機によって露わとなったその不安定性、暴力性の為に各方面で語られる事となった。1999年に出版された熊倉敬聡氏の「脱芸術/脱資本主義論-来るべき幸福学のために」や2000年出版の河邑厚徳+グループ現代の「エンデの遺言 根源からお金を問うこと」では資本主義の終焉が(20年近く前の時点では仕方のないことではあるが)今から見返すと幾分理想的に語られている。近年では鈴木健氏が「なめらかな社会とその敵」で非常に現実的で洗練された理論を展開している。

様々に語られる資本主義の終焉ではあるが、それでも未だ脱市場的、脱貨幣的な経済というオルタナティブは現れない。

確かに、一定の期間以上社会を支え動かしてきた制度がその日を境に別の制度に変化することは有り得ない。もしそんな事があれば、我々の慣習や生活、思想がそれについていかないだろう。ならば変化を促す為の小さなスケール、現時点での実践可能な範囲での問題設定、つまり資本主義においての基本単位である「株式会社」は現状とは別のルールで運営可能か、という点に絞って考えてみたい。

2016年現在、通常の「株式会社」では取り零してしまうもの、取り扱えないけれど確かに価値のあるものは増えてきた。現代美術もその一つである。

現代美術はその性質上、不快さやディスコミュニケーティブなものをテーマとして扱う事がある。それらは市場のニーズから導きだされるものではなく、むしろニーズからは決して出てこないものである。マイノリティな何かを、今この場で声を上げなければ霧散してしまう何かを、確かに存在させる為の容物としての役割もその一側面なのである。

対して、株式会社は市場のマジョリティのニーズを商品とする。そこには一般的に政治的主張は見られず、経済合理性に沿って商品は形成される。株式会社は3ヶ月ごとの採算を常に気にし、リスクの有る物は扱わない。

一昔前に比べれば確かに市場のニーズが多様化したと言われ、株式会社はそれに応える為に「多品種少ロット」の商品展開をするようになった。株式会社は「お客様のご希望、ご要望全てにお応えします。」と恥ずかしげも無くのたまう。しかし、現在はニーズが多様化しているだけではない。貨幣価値を巡る認識が多元的になってきているのだ。例えば少し前では考えられなかったクラウドファンディングは、多くの人や社会に必要とされる事業やプロジェクトであれば実現される。日本で有名なのはREADFORだろうか。一人の出資額が小さいため、より多く人の「共感」や「同意」を得る事で資金を集める仕組みである。単純にリターンが大きいから、というのが出資の理由とはならない部分に貨幣を巡る価値の変質が見られる。

株式会社がニーズに応えることが出来るのは、人間の欲求は経済的価値で満たされるという前提を是とする場合に限定される。しかし人が生活するという事は泣いたり、笑ったり、怒ったりの繰り返しでもある。ただ消費し、貨幣により加速する空間が生活の場としてふさわしくないと考える人は多いだろう。そして音楽やアートといった経済的価値とはある程度独立したものとともに毎日を過ごしたいと思う人も増えてきている。

そもそも、企業や株式会社に代表される組織は、「経済合理性」をOSとし、部分を統合する全体をシステムとして捉えることで成立する。その中で「大きな問題」は「小さな問題」に分解され、そこに最小単位の答えが生まれ、それを統合することにより全体の答えが得られるとされた。その中では利益を最大化するために徹底した合理化が図られる。時にその中で働く人の意思や感情が切り捨てられパーツとしてシステムに組み込まれる場面もある。もちろんそういった場面ばかりでは無いにしても、人間的であるとは言いにくい場面も少なからずある。近代という時代を「より速く、より遠くへ、より合理的に」到達する事を目的とする時代だとすれば、それを支える為のシステムが資本主義で有り、「株式会社」がそのシステムを構築するパーツであった。

しかし、「より速く、より遠くへ、より合理的に」行く事は本来目的には成り得ない。金を稼ぐ事が目的には成り得ないのと同様に。近代という時代は本来の意味での「目的」が成立しない時代だったのかもしれない。そして近代は終わった。

経済的利益を出すことが第一の目的とはならない。もちろん会社存続のためには経済的利益は必須ではあるが、それとは別の「目的」が優先されるような、「利益を出す為の」会社という言い方が論理矛盾となるように(それが部分的であったとしても)経済や株式会社運営のルールを書き換えないといけない。

通常の株式会社が取りこぼしてしまう価値を「商品」として取り扱える会社組織ー必然的に経済合理性を第一とせず、それ以外に行動原理を求める事になる、そんな組織を会社と呼ぶ事は出来るだろうか。そこで働く人間の感情までも許容するような、無駄を抱えて継続できる会社組織。「会社」の意味をそこまで拡張できれば経済のルールには変化が見えはじめるだろう。私はそれを、私が経営に参加する大阪•船場の小さなお店で実践したいのである。

 

 

ある帝王の悔恨

前回、産業とアートの関係を「〜だ、〜である」という固めの文体で書いてみました。これはいつか、文章を書く仕事も出来ればなぁという淡い願望の反映に他ならないので関係者の皆様、機会があればぜひオファーお待ちしております。

さて、前回は産業とアートとの関係以外に、2008年のリーマンショックについても触れました。現在20代半ばくらいまでの方にはあまり実感が湧かないかも知れませんが、当時はかなりの衝撃でした。実体経済に与えた影響もさることながら、(前回と重複しますが)市場の万能性を主張した当時の米財務長官ポールソンが、自らの主張とは矛盾する公的資金を投入して回る様子が新自由主義の終焉を思わせるに十分だったからです。

それまで上手くゆくと思っていた方法、考え方が、実は全く正しくなかったという事を実感させられたのです。日本ではこういう「思想の転換点」には鈍感な中年、年配の人が多いので、企業では今も新自由主義的な考え方で運営が成されている所も多いかと思います。しかし、新しい方法論、制度で運営される組織も増えてきているのも確かです。

もしかしたら、大阪ミナミの雑居ビルの一室では転換点に気付いた金融業を営むある「帝王」が従業員の太郎に悔恨を口にしているかも知れません。

太郎「そしたらアニキ、アニキは新自由主義は一定の帰結を見た、と言わはるんでっか!!」

帝王「とっくの昔にそうやろがい!リーマンショックの時、ポールソンは潰れてまいそうな投資銀行に公的資金を投入してまわっとったやないけェ!ポールソンはゴールドマンサックスの出身やろがい!経済的自由競争を重視し、時にはそれを絶対視までして市場の万能性を擁護しとったのに、やど!!」

太郎「そやかて、それで金の価値が失われるゆう事にはなりはしまへん!!金はこれまで通り金のままですわ!金があればなんでも買えま!!」

帝王「アホウ!とっくの昔に市場の万能性が崩れとるんや!金の意味も価値もそれに釣られ変わっていくわい!」

太郎「あきまへん!アニキのようなお人がそんなこと言わはったらあきまへん!」

帝王「結局のところ、新自由主義っちゅうんはイデオロギーやったんかもしれんのう…80年代、最終局面に差し掛かりつつあった東西冷戦で共産主義に対し自由経済が優れとるっちゅう、それを見せつける為の行き過ぎたイデオロギーやったんかもしれん…」

太郎「アニキ!金で買えん物は無い、金こそ全てやと言うてはったやないですか!」

帝王「それもイデオロギーが言わせた言葉なんかものぅ…」

太郎「!!!」

帝王「わしらのように、幸せとは何か、自分は何を欲しいんか、その問いに答えを出せん者が必要以上に金を欲しがるんかもしれんのう…欲望っちゅうんは模倣的や。自分は何が欲しいか解らんから、他人の欲しがる物が欲しい…その為には金が要る…」

もしそんな会話がミナミの○田金融で交わされていたら、もう少し住みやすい社会になるかも知れませんね。

産業としてのアート

日本ではアート作品があまり売れないと言われる。事実その通りだという実感があるし、私の周りでも100万を超える金額で売買された作品の買い手は知る限りほとんどが外国人である。

「日本には文化が無い」「現代アートに対しての理解がない」というのは日本のアートマーケットについて語る際の定型句であり、物事の一側面を無難に語ってはいるがもう片方のより重大な側面を見落としている。

もう片方の重大な側面、それはアートと政治、経済を中心とした社会との関係、すなわち産業としてのアートについての認識である。国の経済を含む社会構造がどういった形で成立しているか、という事は文化面と同等、あるいはそれ以上にアートとの親和性に影響する。アートマーケットが成立しやすい国としない国では、明らかに社会構造が異なるのである。

日本では、現代アートは多くの先進国においてパブリック•ディプロマシーであり、同時に国の経済を支える産業の一つでもあるという事はほぼ認識されていない。

前者の代表的な例でいうとドイツで開かれる国際展「ドクメンタ」は第二次世界大戦中、ナチ独裁体制下で当時の前衛的な表現を迫害し否定する為開催された「退廃芸術展」において「ファシズムと芸術破壊の国」のイメージがついたドイツの文化的復権を狙ってのものである。また後者では、パリのルーブル美術館は年間1000万人近くの観光客が訪れ、イタリアのヴェネツィア•ヴィエンナーレでは会期中40万人以上の入場者が訪れる。世界最大のアートフェア、スイスの「アートフェア•バーゼル」では全体で約600億の売上がある。これらの経済効果は計り知れない。

古くからアートシーンを引っ張ってきたヨーロッパでは確かに日本に比べアートを売買する慣習は根付いていると言える。ドイツ、フランクフルトに本店を構えるドイツ銀行は、1979年以来現代アートのコレクションを続け、その数は56000点を超え企業のコレクションとしては最大級の規模となっている。またスイスの金融機関グループUBSも1960年からのコレクションが35000点を超える。それぞれ世界に点在するオフィスにアートコレクションを展示し、前者はフリーズの、後者はバーゼルのアートフェアのメインスポンサーとなっている。日本ではプライベート•バンキングはあまり馴染みが無いが、前述の銀行にとって富裕層の資産運用サービスの一環としての美術品の売買サポートや保険、美術品輸送の手配代行は重要な位置を占める。自身がメインスポンサーになっている巨額のアートマネーが行き交うフェアは重要なビジネスフィールドであり、またスポンサーとして特定のアート作品の「価値」もコントロールしやすい。それらのアート作品を富裕層の顧客にすすめ、数年後には「価値」の上がった作品が不動産投資以上の利益を生む。日本ではまず見られない形のビジネスモデルである。

しかしそれらの「慣習」面以上に、日本の場合国策としての経済政策がアートとの親和性が低い。世界トップの年間売上販売台数を誇るトヨタ自動車のような企業を複数有する日本に於いては、未だ発展途上にあるアートを産業の柱にする為に投資するよりも、今有る製造業中心の経済政策を取った方が他国に対しアドバンテージを発揮できる。今でも(少なくとも)当局にとっての産業の中心は製造業である。

戦後日本における復興と製造業の発展は軌を一にしてきた。日本の経済は製造業によってその発展を支えられてきたのである。

製造業を国の基幹産業にするには技術的なノウハウの蓄積も、多額の先行投資も必要となる。まずはそう難しくないありふれた日用品の製造の自動化から始まり、次いで複雑なパーツを生産する為の工作機械が作られる。その工作機械によってより量産化をはかるための機械が生まれたり、より複雑で精密な製品が作られる。製造業において必須となるものは工場を運営していく為の土地であり、人である。製造業はその土地に根ざした長期的な安定性の中に利益拡大の機会を見つける。製品の価値は(アートとは異なり)あくまで実用性や利便性である。

対して産業としてのアートの価値は、その価値を自身の未来の価値に担保させるという自己完結的な循環の中に置く。そしてその循環構造は金融市場においてもよく見られる。現在、一番儲かるビジネスは金で金を買う事である。上がると予想した通貨を現在の価値で購入するのである。上がると予想した人が多ければ多いほど、価格は跳ね上がる。この構造は産業としてのアートの価値の生成過程と原理的には同じだろう。前述のヨーロッパの銀行がアートマーケットに参入してくる理由も、ここにある。そして投機やその他金融商品は株価の上下や景気の動向といった不確実性の中に利益拡大の機会を見いだす。

これら2つの価値は対照的である。

2000年以降、新自由主義によって押し進められたグローバリズムは、市場の万能性を標榜し経済や産業に対しての規制緩和を押し進め、政府による経済や資本の管理を排そうとした。その結果、旧来以上に金、資本は力を持ち、市場と国家は秩序を持たない奔流の中にその身を投じる事となった。

もはやコントロールが効かない「自由経済」の中にあっても、(論理が矛盾した言い方になるが)それぞれの国家は他国に対してアドバンテージを確保できる産業を保護しつつ、次の時代の主流になる産業の発展に注力しようとする。その中でシンガポールのような新興国、香港、台湾などの特定の地域にとっては多額の設備投資や研究開発費への投資の必要なく、不確実に上下する経済の力をある種のレバレッジのように利用して扱う金額、マーケットを拡大できる現代アートは産業の一つとして魅力的であった事だろう。

対して、日本においては例えバーゼルのアートフェアのように600億円の市場規模になったとしても、製造業によって動く金額とは比べられるものではなく(トヨタ自動車の2015年3月期連結売上高は27.2兆円である。)通常はどうしても経済政策は新自由主義によってもたらされたデフレ圧力から製造業を保護する方向へ働く。新興国の安価な生産力に対抗するためには、先進国の製造業は必ずデフレ圧力にさらされるからだ。

しかし、グローバリゼーションの名の下、世界中に過剰な競争をもたらした新自由主義は2008年のリーマンショックで一定の帰結を見た。当時の米財務長官のポールソンは、市場の自由を積極的に擁護したゴールドマンサックスの出身であったが、その彼が公的資金を投入して回る様子、史上最大の政府による金融介入は新自由主義の終焉の象徴であったように思われる。また、リーマンショックの際に買いに回り、最後に市場を支えたのは共産主義国家の中国である。これらの事からも解るように、新自由主義の言う市場の万能性など(ミクロ経済学の理論上は成立するが)現実には存在しようが無かったのだ。

戦後、東西冷戦下において共産圏に対しての行き過ぎたイデオロギーが「新自由主義」だったのかもしれない。共産主義は財産を共有する事によって平等な社会を目指した。そのような形の経済を否定する為のイデオロギーが「新自由主義」だったとは言えないだろうか。

今から考えると、アート作品でさえも新自由主義に飲み込まれ、グローバリゼーションに追い立てられる姿は幾分滑稽な物でもあった。

経済の背景にある思想、ソフトが変化すれば、それと密接に関係していたアートの価値の成り立ちも変化する。アートフェアで数千万で取引される「アート」がある一方で、日常と呼ばれる範囲の中でやり取りされる現実に根ざしたアートの価値も確かに存在する。その二つの価値の間で実体を持たずにアンビバレンツに揺蕩うものの姿をアートと呼ぶのだとすれば、後者のアートの価値は、実体を持たないアートと現実をつなぐ為の唯一のアンカーなのである。このアンカーが無ければ、現実を離れたアートの価値はバブルのようにどこまでも高騰する。しかし、現実から切り離されたバブル的な価値に対して、我々は果たして「価値」を認めるだろうか。

残念ながら今後、日本において一般にヨーロッパ、アメリカのようなアートマーケットが成立、定着する可能性は低いだろう。アートマーケットを成立させるには、具体的な構造や回路、制度以上に、それに伴う多くの人のより複雑な精神的対応とある程度長期的な運用体験が必要なのである。

もしも日本で現代アートのマーケットを立ち上げようとするのなら、「アートの価値とは何か」という問いに対し、(それが正しい、誤っているという事とは関係がなく)明確な回答を要するだろう。すなわち、ヨーロッパのようにアートは「価値」を自製させるための装置、とするのか、前述のアンカーと例えた現実に根ざした「アート」とするのか。どちらを選択するかにより、その後成立するマーケットの形は異なった物となる。だが、そのことから目をそらし、本質を理解せずに諸外国の成功したアートフェアの形式だけを真似たとしても現代アートのマーケットは成立し得ない。

換言すれば、現在、日本においてアートの価値が不明瞭なのだ。ヨーロッパ、アメリカではアートの価値は経済的価値と学術的価値の二重構造として成り立っている。だからこそ上述のようなアートフェアの展開が可能なのだ。

しかしその不明瞭な部分には、アートに対しアメリカ•ヨーロッパとは別の「価値」を定義できれば、既存とは異なったアートマーケットの成立の可能性が示唆されていることも確かなのである。

それは同時に、戦後日本を支えた経済にまつわる価値観との決別、という事でもあるが。