その時、さらに増援が到着し鉄砲も四十丁まで増えていた。しかし、それらを以て斃す事が出来ない狡猾な羆。それを屠る為に招かれた「銀四郎」とはどのような男か。
他人との争いの際は「相手に思いきり殴らせ、顔が血に染まっても薄笑いをうかべながら抵抗もしない。そして相手が疲労すると、それを待っていたように激しい殴打を浴びせる。(中略)漁村に行って、他の地方から流れこんできた二人の遊び人を相手に闘い、両方とも昏倒させて留置所に投げ込まれた事もあった。」「酒を飲んでいる折に銀四郎が突然茶碗をかみくだく習癖のあるのを知っている者も多く、かれらは、銀四郎の顔を思い出すだけでも不快なのだ。」(吉村昭著「羆嵐」より)
しかも聞くところによると「銀四郎」、金に困って銃を質草に村長から金を借り、今は銃がないらしい。借りた金で酒を飲み暮らしている。現在ではマンガや映画でも見かけないキャラクター造形である。
そんな男に羆が猟れるのか。しかし、区長は身銭を切り、銃を請け出すのでなんとしても連れてくるよう村の男に命じる。玄人にしかやれぬ事だという判断である。区長はアイヌの猟師を思い出していた。彼らは単独で羆を追い、仕留める。彼らは他人の同行を極度に嫌い、それは他人に自分の感覚を乱される事無く羆と対峙したいからで、一対一が羆を斃す基本的な条件と考えている節がある。
「銀四郎」に参加を乞えば、高慢な態度で男たちの無能を蔑み、村の結束を乱すかもしれない。しかしその危惧は的外れで、現れた「銀四郎」は区長の前で帽子をとり、災難だったな、と哀悼を示すのである。しかもあれだけ荒れ、酒を飲んでいた男が、羆を追跡する間は飲まない。区長に勧められた一杯に、申し訳程度に少し口をつけただけである。
深夜、最終の防衛線と考えられていた氷橋付近に、羆が現れる。集落に食べ物が無くなった羆は、餌を求めて人間の匂いがする街のほうへ出ようとする。羆は水に濡れるのを嫌うので、街に出るには川を越える唯一の氷橋の上を通るしか無く、村人と警察は何としてもその橋を死守しなければならない。
闇が濃い。最初は、切り株が一つ増えている気がする、という程度の違和感を、何人もの見張りが互いに確認しあい、動いたところで羆だと推定したのである。村人と警察は一斉射撃をする。「銀四郎」はそれを見るだけで加わらない。遠すぎて当たらないと判じたのだ。
羆狩りとは、かなり近い距離で急所に銃弾を撃ち込まないと斃せない。そのためには、羆よりも速く歩き、気取られる前に風下から背後に回らないといけない。
その翌日、集落に入った「銀四郎」は、追跡ののち羆の後ろを取る。同じく集落に入った討伐隊の男たちに羆の注意が向いている間に、背後に回ったのである。羆は山の傾斜を登ってくる村の男たちの動きを見下ろしていた。
がさつな乱暴者がその設定が嘘のような老練さを見せるではないか。駆け引きが実に巧みである。忘れてはいけないのは、「銀四郎」は大正時代に実在した男がモデルで、この物語は実際にあったドキュメンタリーだという事だ。こんな性格の二面性おかしいやろ。これを突出した異能と取るか、極端な精神欠陥と取るかはもはや時代の価値観次第である。100年あれば価値は反転する。なかなか恐ろしい事実であると思う。













