めっちゃどうでもいいはなし 大阪弁編

前回からの続き

「紅葉見に行こうやって誘われたー!!」先日、お昼を食べていた時のことである。一緒に食べていた女の子が突然言った。聞くと、ある男に京都に紅葉を見に行こう、と誘われたらしい。その女の子は見るからに嬉しそうだった。私は、その子自身も好意のある人から誘われたのだと思い、良かったやん、と軽く言ってみた。しかし、その女の子は、「紅葉には一緒に行くけどー、その男からの好意自体はどうかなぁー、あんまりかっこよくはないんよなぁ!京都行ってからその事を相手にゆうわぁ」と言い出したのである。「いや、京都行かんでも先言えるやろ!」と私は言った。

しかし、その女性は次の言葉で、「何を着て行ったら良いと思う?」と言ったのである。完全に舞い上がっている。「知らんわ、何でもええんちゃん?どうせ振るんやろ?」と言いかけて私は、そういえば男同士で、好きな女の子とどっか行きたいなー、どうやって声かけよ?と話になることは多いが、女の子側の話はあまり聞かへんな、と思ったのである。そう考えると非常に興味が湧いたのである。しかもせっかく男に誘われたのに、それを振ろうという見た目普通の女の子である。後学のためにも知っておかねばならない。

「やっぱワンピースやろ!男と二人で出かけるんやったら!」と私は相手に提案してみた。好きな男の前でないと、あんな動きにくい服は着えへんやろ、相手の男を、期待させてめっちゃ空振りさせたろう、と私は考えたのだ。性格の悪いやつだ。するとその子が「せやろ、普段より、女っぽい服にして、期待させてから振りたいんよ!」と力強く乗っかってきた。そして、「靴どうしょうかなー、やっぱ華奢なヒールがいいよなあ、歩きにくいけど、ヒールやと階段なんかで男も手を差し出すよなぁ、車の乗り降りも自然と男がドアを開けて、支えてくれんちゃん!?」と言った。あまりの舞い上がりっぷりに、私は「いやー、スニーカーでええんちゃう?ヒールなあ、まあ確かに道の悪いところやと、まあずっこけかければ支えてくれるかもなぁ、まあ相手次第ちゃうのん?」と言うのが精一杯だった。

二人で京都に出かけ、紅葉ではしゃぎ、普段より親密な雰囲気でその女の子と接し、町家を改装した趣のあるお店で食事をしたぐらいのところで、その男は見事に振られるのである。しかもどうみても、早く好意を告げてほしい、と言っているような女の子に、である。そして女の子は言うのだ。「まさかさぁ!そんな好意を持ってもらってるんやなんて、全然気付かんかったー!!笑。ごめんなぁ!!けどウチよりもっとええ人おるって!!ウチはあんたが思ってるようなんじゃないよー。」そして、別れ際「友達として、あんたのことが大切なん、これからも仲良くしてな。」と言って締めくくりたいらしい。私なら京都に捨てて帰る。

こんな新喜劇みたいなノリで、相手の好意を踏みにじって、許されるのは誰もいない。私は自分が女でなくてよかった、と思った。

*この話は先日自分の身の回りで起こったことを標準語と大阪弁で記述し、比較したものです。同じ日本語なのにキャラクター造形から、登場人物の関係性まで全然違う…

大阪弁は、真実を語るのに向いていない言語ではないかと思った、という話でした。

 

めっちゃどうでもいいはなし 標準語編

「紅葉をね、見に行こうと誘われたのよ」先日、お昼を食べていた時のことである。一緒に食べていた女性が突然言ったのである。聞くと、ある男性に京都に紅葉を見に行きませんか、と誘われたらしい。その女性は少し嬉しそうに微笑んでいた。私は、彼女自身も好意のある男性から誘われたのだと思い、良かったじゃないか、と言ってみた。しかし、その女性は、紅葉には一緒に行くが、その男性からの好意は受けられない、京都でその事をきちんと相手に伝えるつもりだ、と言い出したのである。ほう、そんなもんか、難しいもんだと私は思った。

しかし、である。にも、関わらずである。

その女性は次の言葉で、何を着て行こうかしら、と継いだのだから男の私としてはやってられない。男性同士の内輪話で、意中の女性を誘うにはどうしたらいいか、どうすれば好きな女性に興味を持ってもらえるのか、などはよく出る話題ではあるが、時間をかけてその方法を考えても当の女性は冷たいものである。そこまで考えて、しかし私は男性からこの手の話を聞くことは多くとも、女性から聞かされた経験はあまりないな、と思ったのである。そう考えると女性側からの視点で、今回の出来事がどう見えているのか非常に興味が湧いたのである。しかも男性に誘われて、それを振ろうと言うほどの美人である。後学のためにも知っておかねばならない。

やはりワンピースじゃないか、男性と二人で出かけるなら、と私は相手に提案してみた。好意のある男性の前でないと、あんな動きにくい服は着ないだろう、相手の男性を、期待させて空振りさせてやろう、と私は考えたのだ。いや、正確に言うと、目の前の女性が口に出しにくいであろう願望を代弁してみたのだ。そうね、普段よりは、女性らしい服装をしないとね、と彼女は言った。そして、靴はどうしようかしら、と続けるのだ。華奢なヒールがいいと思うよ、けれど歩きにくくないかしら、そうだけど、ヒールだと階段なんかで男性も手を差し出しやすいし、車の乗り降りも自然と男性がドアを開け、手を出し支えてくれるようになるよ、というやりとりをしたのである。

二人で京都に出かけ、紅葉を楽しみ、普段とは違う距離、雰囲気で彼女と接し、町家を改装した趣のあるお店で食事をしたぐらいのところでその男性は見事に振られるのである。しかも一見すると、早く好意を告げてほしい、と言っているかのような女性に、である。そして女性は言うのだ。「まさかそんな好意を持ってもらってるなんて、少しも気付かなかったわ。ごめんなさい。けれど私より、もっと良い人がいると思うのよ。私はあなたが思っているような人ではないわ。」そして、別れ際「友達として、あなたのことが大切なの、どうかこれまでとかわらず接してね。」これで茶番は完璧である。

相当の美人でないと、こんなことをして許されないだろう。私が女性なら一度くらい、こんなことを言ったりやったりしてみたい。

次回へ続く

 

 

お前が死体になる前に その3

前回前々回と学生の時から付き合いのある、死体を描く「画家」笹山直規がVOCA展に出品することに対して色々書いてきた。特に前回の批評文は我ながら核心をついているな、と自画自賛である。今回は、今までの文章で、あまり触れる事が出来なかったVOCA展について、それがどういった展覧会であるのか、また我々制作側の人間がVOCA展をどう思っているのか、その辺りに触れてまとめとしたい。

VOCA展とは第一生命がスポンサーになり、40歳以下の有望な作家を美術評論家、学芸員や美術ライターが推薦し、展覧会をする、という、若手作家の登竜門というか、まあ詳しくはリンクを貼っておくのでそちらを参照して頂きたい展覧会である。

おざなりな紹介になってしまった。というのも、後に世界的な活躍をみせる作家を数多く輩出してきた展覧会であるが、その割に実は我々制作者の間ではすこぶる評判が悪いのだ。

理由は(私の考えでは)主に2つある。

1つは、選考の基準、作品のレベルがバラバラであるという事が挙げられる。毎年発行されるVOCA展のカタログには、推薦者の推薦文(推薦理由?)が作品と併せて掲載されるのだが、美術ライターや地方の美術館学芸員などの推薦文、推薦理由がう○こみたいなものが多い。読んでいて馬鹿じゃない?というか美術なめてんな?と思うような推薦文も少なくないのだ。いや本当に。特にこの作家を推薦しないといけない、世間に広く知らしめたい、という使命感と必然性が弱く、お前本当に必死になって推薦すべき作家を探したのかよ、と制作者側は少なからず思っている。もちろん、いい意味でこちらが思いもよらなかったすごい視点で作家を推薦している人もいるが、そういう人は著名な美術評論家であったり、世情に疎い私でも知っているような研究者、学芸員であったりする。また、(これは偏見だと言われれば認めるし、謝罪もするが)推薦者は中高年の男性であることが多く、それ故古い価値観で絵画を語ったり、下心丸出しで若い女性作家を推薦してたりして我々制作者側をさらにイライラさせるのだ。

2つめは、これは難しい問題かもしれない。VOCA展における作品の評価基準が、概ねモダニズム的な絵画論で貫かれていることである。これはVOCA展の選考委員の中心人物である「高階秀爾(大原美術館館長)、酒井忠康(世田谷美術館館長)、建畠晢(京都市立芸術大学学長)、本江邦夫(多摩美術大学教授)の4氏の批評的立場が、絵画の本質を絵画によって追求するモダニズム絵画論に依拠していること」(現代美術用語辞典Ver.2.0−福住廉 より引用)が理由で、全体的にその傾向が強く出ているように思われる。余談だが、この福住氏の「絵画の本質を絵画によって追求するモダニズム絵画論」という表現は本質を突いていると思う。それはどう考えてもトートロジーな自己言及であり、暗にモダニズム的な絵画論の限界を示唆している。

現代の絵画はこのモダニズム的な枠組みには収まりきらないほど多様な展開を見せる。にも関わらず、VOCA展ではこの枠組みから外れた絵画を制作する作家は評価を受けにくい。その辺りも制作者側のフラストレーションが溜まる理由の一つであろう。平たく言えば保守的なのかもしれない。

「モダニズム的な絵画論」は概ねその歴史的役割を終えたようにも思われる。趣旨がずれるので、その辺りの議論、検証には詳細に踏み込まないが、恐らくこの意見はマイノリティなものでは無いはずである。

では、笹山直規の作品はどうであろうか。どうであろうかも何も、思いっきり「モダニズム的な絵画論」の枠組みからは外れる。というかオーソドックスなモダニズム的な絵画を会田誠氏は評価しない(前回参照)だろう。VOCA展は概ねオーソドックスな(モダニズム的な)絵画感で評価されるが、推薦者を毎年入れ替えるだけあって、その枠組みから外れた作品も散見される。

前回も書いた通り、笹山の作品は中身が無く、歴史的な視点も皆無である。その時点でモダニズムとはほど遠い。しかし、それらの変わりに、今、ここ、でしか得る事の出来ないドメスティックな時代の体温=生を逆説的に浮かび上がらせており、それは意図せずゼロ年代の倦怠感のある膿んだ時代性を上手く切り取っていた。その意味で、ゼロ年代独特のリアリティがあった。しかし現在は2018年である。それらの言説が未だ有用なのか、それとも推薦者である成相氏は全く別の文脈で批評を展開するのか。

笹山は「あなたの大事な人がこんな絵のような死体にならないように、保険は第一生命!ってだめかな?」とか言っていたが、勿論だめである。てかお前何年か前までVOCA展の推薦を受ける事は作家として死刑宣告に等しい!って言うてたやんけ。

それくらいVOCA展は、絵画における様々な矛盾を内包し、なぜかその矛盾の隙間から世界的作家を輩出する、という、制作側にとって何とも捉えがたい展覧会なのである。

お前が死体になる前に その2

前回、「画家」の笹山直規の作品について、15年間ひた隠しにしていた本心、評価を下げるようなことを言ってしまったので、今回は私なりに批評になるようなことを書いてみたいと思います。彼の作品は死体というモチーフからして炎上前提なような気もするのですが、そういった倫理面からの拒絶のされ方が目立ち、作品の中身、クオリティについて言及される事は驚くほど少ないのです。従って、彼が自分自身で作品の中身、クオリティについて語らずを得ず、それは必然的に客観性を欠き、状況としては良くないものだと思われます。微力ながら、その状況を好転させる一助になればと思い、この文章を記します。それでは始めます。

「画家」の笹山直規について語ろうとするとき、まずは2005年まで遡らねばならない。2005年は彼が、「空が泣いている、あたしが流せない涙のかわりに」という作品で、群馬青年ビエンナーレで大賞を受賞し、全国的に彼の名前と作品が知られる事になった初めての機会であるからだ。

当時も今も、言うまでもなく「死体」を描く事は見る人の倫理観を刺激し、公共の場で展示する事に議論を呼び込む。いや、その言い方には欺瞞がある。もっとはっきり言い直せば、見る事も展示する事も拒否されるのだ。そういった状況の中で、「公共の場」である群馬県立近代美術館で作品が展示され、収蔵されるに至った事実は、一つのごく真っ当な価値観を提示する。すなわち、美術において、「倫理」の問題と「作品としてのクオリティ」は分けて捉えられるべきものであるという事だ。

昨今、この「公共の場」という概念は、ほとほと誤った理解に基づいて運用されている。言うまでもなく、公共性の主語はマイノリティである。どうしても弱い立場を強いられる場合が多いマイノリティに対して、配慮と権利は当然認められるべきであるが、現代では多数決のような文脈で「公共性」が運用されており、大多数が「是」とする方向に物事を押し進める際に「公共性」という概念が使用される。美術においては、大多数の人が「見る事」を拒絶すれば、公共性の名の下、展示スペースから作品は削除され、少数の「見たい」人の権利を剥奪する。本来の場合、正しい対処は(展示会場の入り口に、一部不快な表現がある、などとアナウンスを表示し)見たくない人は見ない、見たい人は見る、という事だけである。

現代の社会には、例えどのような立場の人であっても、資金がどれだけあったとしても解決出来ない問題がいくつかあり、倫理観、状況によっては法律さえも絶対的に「正しい」と言えない場合がある。故に、それらを疑う視点を含んだ美術、アートの表現は、規制の対象とされるべきではない。社会全体が誤った方向に進もうとしたとき、「それは違う」とはっきり示すこともまた美術、アートの役割の一つである。しかし、倫理観や法律はその時勢によっても左右されるので、時に歴史の分岐点に立ち会う作品は法律を侵し、倫理を無視する事になる。後世になってようやくその正しさを証明されるのだ。

さて、ここまでが、「倫理」によって拒否される美術作品、アート全体(笹山の作品だけではない)についての擁護である。断っておくが、笹山の作品が歴史の分岐点に立ち会う事になるような重要な作品である、と主張したい訳では決して無い。

「死体」を描く笹山の作品には中身がない。それは2005年当時から、現在まで一貫している。彼の作品の多くは、ネットにある事故現場や死体の画像を元に描かれている。恐らく、その素材に由来しているであろう、彼の作品は「フィジカルなリアリティ」を一切感じさせない。もともとネットの画像にリアリティを感じろ、というのは無理があるのかもしれない。一時期、現実よりもネットこそがリアルである、といった言説を見聞きすることがあったが、今となっては多分に古めかしく感じる。(もしそうだとすれば戦争のゲームをした人は、戦場のトラウマがフラッシュバックしないよう治療を受けねばなるまい。)リアリティとは身体を伴った一回性の体験である。笹山が描く「死体」は遠い外国の他人種のそれであり、どこか、B級映画の一場面を、つまり「作り物」を思わせる。一度でも、生死と隣り合わせの事故や事件、または戦争を経験したことがある人が笹山の描く「死体」を見れば、フィギアやジオラマといった物を思い浮かべるだろう。

笹山自身が2018年3月の展示のステイトメントで言及している通り、彼は「死体」を西洋美術の理想化された「人体」画の(対極的な位置づけであるが)延長として捉えているようである。スクリーンショット 2018-09-30 15.01.18

これは私にとって意外であった。というのは、私が彼の作品に感じていたものは、歴史的な視点よりも、むしろそういった物が欠如した、今、ここ、でしか感じ取れない倦怠感、膿んだ時代性だったからだ。

恐らくそう感じていたのは私だけではない。笹山が群馬青年ビエンナーレの大賞を受賞したときの審査員は、美術家の会田誠氏、インデペンデントキュレターの東谷隆司氏であった。今や説明するまでも無いが、会田誠氏の作品には意図的に歴史性と中身が無く、そういった構造を作品に持ち込む事で日本の現代美術を相対化、揶揄するようなものが多い。キュレターの東谷氏の代表的な企画展は1999年の「時代の体温」であるが、こちらの企画展も歴史的な視点は意図的に排除されていた。以下、それを示す椹木野衣氏の文章である。

『この展覧会は英字タイトルに大きく「ART / DOMESTIC」と記されているように、美術には、冷めた<インターナショナル(グローバル)>な理論や歴史からは決定的に損なわれている、自分が生きる場所を見据えた者だけに感じ取れる<ドメスティック>な「体温」と呼ぶべき尺度があり、それを可視化することがキュレーターとしての自分の仕事だと宣言することを意味していた。』ART it 椹木野衣>東谷隆司−その「存在と体温」より

会田氏、東谷氏、この二人が評価した点こそ、フィギアのように空疎な死体が逆説的に浮かび上がらせる、膿んだ時代の「生」=体温ではないのだろうか。恐らく、笹山の作品が評価に値するとすれば、この点以外には無い。彼の作品は、美術としての中身を伴わない=理論や歴史からは決定的に損なわれている、からこそ意味を持つのだ。そう考えれば、質感の生々しい油彩の作品よりも、軽快な色彩とタッチの水彩の作品のほうが優れている事にも説明がつく。「死体」のリアリティから離れれば離れる程、彼の作品は意味を持つだろう。

しかし、2005年から現在までの十三年間、この「体温」は前述の「公共性」によって蔑ろにされてきた。笹山の作品に漂う「残酷さ」はあくまで、身振りとしてのそれである。それは「死体」を「生」に反転するための装置として機能し、今、ここ、で感じ取れる「生きること」を突きつける為に必要なものである。

「時代の体温」を企画した東谷氏は、展示のあと早々に世田谷美術館を去る事になったそうである。その後、東京オペラシティアートギャラリー、森美術館といった現代美術の中心となるスペースに、学芸員として関わられたそうだが、私が知っているのはインデペンデントキュレターとしての東谷氏である。その先鋭的な企画ゆえ、「公共」の場で自身の思想を展開することが困難になったであろうことは想像に難くない。そして2012年にわずか44歳で自死する。

私にとって、東谷氏の死は笹山の作品とどうしても1セットで想起される。笹山の作品は、まさに特定の何人かが感じている「生きにくさ」そのものであろう。美術には今、ここ、にしか存在し得ないドメスティックな体温が確かに存在する。それは、理論や歴史とは別の次元の手触りであるだろう。

以上が、2005年から私が考え続けている「忌避されるもの」として捉えられる笹山の作品の、公共での役割である。「中身がない」笹山の作品は、発展の仕様がない。それ故、2005年から同語反復的に一貫しているのである。恐らく本人はその事実を否定するだろう。しかし、ナルシスティックな笹山本人(それは「空が泣いている、あたしが流せない涙のかわりに」という作品タイトルからも推し量る事が出来るだろう。)の言説は本人自身を捉え損ねている。はっきり否定しておかねばならないが、西洋美術の人体の延長として「死体」を描くことに、どのような意味も価値も有り得ない。

時は流れ、2018年となった。2005年当時よりも、よほど受容される表現の幅は減り、画一的なものとなった。「現代美術」はアートという口当たりの良い言葉に置き換えられ、あくまで「楽しい」ものとして市民権を得た。「画家」という肩書きはもはや死語である。そのような状況下で、VOCA展に「画家」の笹山直規を推薦した東京ステーションギャラリーの学芸員、成相肇氏はどのような評価、批評を、時代に対して展開するのだろうか。ぜひ注目したい。

 

展示のおしらせ 神戸C.A.P おすすめイタリアン編

前回もお知らせしましたが、神戸C.A.Pで展示が始まってます。

会場:C.A.P.(特定非営利活動法人 芸術と計画会議)
〒650-0003 神戸市中央区山本通3-19-8神戸市立海外移住と文化の交流センター内
phone+fax 078-222-1003 / 10:00-19:00 (月曜休み)

会期:2018年9月9日〜10月7日

会館時間:10:00〜19:00(最終日17:00まで)月曜休館、月曜祝日の場合は翌日火曜

展示の内容はこんな感じ

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近くには美味しいお店も多いので、展示を見た後に食事っていうのも良いと思いますよ!

 

イタリアンはここがお勧め!予約必須ですがピザ美味しいですよ!

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アンチョビが大好きです。一押し

9月はぜひ神戸C.A.Pへ!!

お前が死体になる前に その1

「穢れ」や「不浄」といった観念は、程度に差こそあれ、多くの文化に存在する。特に日本では、古来から続く因習の中に未だ見られ、我々の感覚を無意識の深層から規定する。通常、「穢れ」は共同体に不吉な異常をもたらすものとして忌避される。

そんな「忌避される」ものの中で、最も端的で象徴的なもの、それは「死」であろう。

画家の笹山直規は「死体」をモチーフに絵画を描く。この日本で、特に忌み嫌われる「死」を作品のテーマに据えたのだ。彼の作品は凄惨で、ビジュアル的にショッキングであると言われる事が多いので(私見ではそうは思わないが)あえてここに作品画像は掲載しない。(興味のある方は作品画像を検索してみて頂きたい。いくつか論考も見られたので、個人的に的を射ていると思ったあたしか氏の文章へのリンクを貼っておく。)

もっとも、彼が作品の中で描く「死」は、大げさで、大味で、舞台装置的で、ハリウッド映画のようでもあるから、日本的な湿り気のある「死」とはまた質が異なる。しかし、「忌避」の感覚をインストールされている我々日本人からすると、直視出来ないものでもある。

そんな彼の作品が、2019年のVOCA展に出品されるのだという。推薦者は東京ステーションギャラリーの学芸員、成相肇氏。

私は笹山直規とは同期で、学生の頃からの付き合いであるが、そのテーマゆえ彼の作品は本人の居ないところで批評性のない誹謗中傷にさらされることも多かった。そんな時、私はそれらの中傷に近い意見を軽蔑しながら否定し、彼の作品の優れていると思われる点を挙げ、擁護した。私の意見はほとんど同意されることは無かったが、そうする事が、孤独に制作に打ち込む友人に、ささやかではあるが敬意を示す私なりの方法であった。

東京ステーションギャラリーの成相肇氏が、絵画に対しどんな意見や考えをお持ちか、私は不勉強にして存じ上げないが、経歴を拝見するとしっかりした実績をお持ちの美術評論家である。

そのような気鋭の美術評論家から評価されるという事は、笹山の作品にとって非常に重要だと思われる。その評価の事実は、今までの周辺の感情的な「誹謗中傷」を無効化するに十分だろう。前述の通り、彼の扱う「死」は、ストレートな表現の割りには「つくりもの」的な感覚がついてまわり、彼の作品に理解を示さない人達からそこを突かれると、私はいつも反論に苦慮していた。

しかし、もはや感覚的に「気持ち悪い」とか「見た目でムリ」とかの浅い言葉は、彼の評価に影響しない雑音と見なされる。思えば、今まで私は彼の展示を見に行くたび、うっかりその種の言葉を言ってしまわないようすごく気をつけ振る舞っていた。間違っても、「…全部出オチやんけ!!」と思っている事はおくびにも出さないようにしていた。

15年近い間、私は言えなかった事がある。おれの意見の影響など僅か、いや無いに等しいかもしれないが、少しでもお前の評価を下げたくなかったんよ。お前の作品が、ちゃんとした美術評論家の評価を得た今なら言える。お前が死体になる前に言えてよかった。

「おれはお前の絵が気持ち悪くて見た目で嫌いや。」

言ってしまった。。。

 

 

今年らしく、チノをはく。

ネットを眺めていると、ユニクロの広告が目に留まりました。「今年らしく、チノをはく。」まじか。もはや国民服と言われるユニクロですが、昔と比べどんどんおしゃれになってるような気がします。モデルも中村アンやし。

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こんな事を言うとファッションが専門の人に「最大公約数的なお洒落やろがい!!お前のようなやつが!!服を語るなやー!!」と激怒されるのでしょうか?それともそれはこちらの古い偏見でしょうか?

登場した頃のユニクロは郊外型の店舗で安いけど、デザイン含め色んなものがひどかったイメージがあります。しかし、今はまずロゴとか店舗がおしゃれです。だってロゴは佐藤可士和、心斎橋店の設計は藤本壮介氏ですよ。

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この変遷を、この20年で「デザイン」という学術分野の知見が社会の中で機能するようになったと見るべきか、それとも単にニーズを吸い上げ、経済をドライブさせるマーケティングの精度が上がったと見るのか、判断の難しいところです。

大阪では梅田や難波、心斎橋の一等地に店舗がある事を考えると、あれだけ価格が安くても採算が取れているのでしょうね。

そう言えば大阪梅田も再開発が進められ、梅田周辺だけなんか東京みたいになってます。昔の梅田を知っていただけに、梅田の再開発はAKIRAのネオ東京みたいな場所性を押し出したイメージで行われるのかと思っていましたが、そんな事を考えていたのは少数派のようです。こんな感じの。

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今の梅田は新しい建物に囲まれ、清潔で中性的な見た目です。周辺のグランフロント大阪やルクアにはマーガレットハウエルやバレンシアガなどのハイブランドが軒を連ねます。その中にユニクロ。中性と並列の時代です。本文と全く関係ないですが、まさかブチャラティがバレンシアガを着るとは思いませんでした。

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ミクロな日常は少しずつアップデートされ、同時多発的に変貌していっているのかも知れません。

一方で、全然昔から変わらないものも当然あって、最近のトルコリラの暴落ベネゼエラのインフレなどは、20〜30年前から世界各地で起こっていた金融危機と、既視感を伴って重なります。

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これらの経済合理性をOSとする根本的な経済の仕組み、問題は、ビルに飛行機が突っ込もうが、原発が吹っ飛ぼうが変わりませんでした。マクロな日常は相変わらず血塗れです。同じように左手を顔に当ていますが、上を向くブチャラティと、うつむくエルドアン大統領の対比に目眩を覚えます。

「ものつくり大国」と呼ばれる(もしくは一部の人が自称している)日本ですが、人件費が高い、人手が足りないなどの理由で、もはや国内で作れる「製品」などほとんどありません。服は勿論東南アジアや中国製がほとんどですし、お菓子の貼箱のような、人の手で内職で作っていく製品だって、大量ロットになると中国でつくる場合がほとんどです。もう日本には、職人が手仕事で携わるような生産ラインが残っていないのです。どんどん産業が空洞化し、技術も、知識も失われますが、一度失った技術体系、知識体系は再び得ようとすると膨大な時間がかかります。言うまでもありませんが、精密機器のほとんども海外で生産されています。例えば、輸入、輸出に頼っている分野で、トルコのように他国に経済戦争を仕掛けられたらと思うと、(リアリティが無いと思う反面、)中々ぞっとしません。

「お金」で買えるのは、モノだけでなく未来だ、と何かの本で読みました。モノを買う時に、この企業が利益を出して、大きくなれば社会が良くなる、と思える企業の製品を買う事で、望ましい方向に社会が変わっていくというロジックです。欲望は教育され、統制されないといけないのです。それも怖いな。。。しかし、私が2~30年前にお金を出して買った未来が、現状の空洞化した日本の一部だとするのであれば、ユニクロで服を一回買う度に、日本製の服も一回買おう、と決意するのでした。

展示のおしらせ 神戸C.A.P おすすめ中華編

久しぶりに神戸元町のC.A.P芸術と計画会議で展示をさせて頂きます。会期やオープンの時間は下記の通りです。

会場:C.A.P.(特定非営利活動法人 芸術と計画会議)
〒650-0003 神戸市中央区山本通3-19-8神戸市立海外移住と文化の交流センター内
phone+fax 078-222-1003 / 10:00-19:00 (月曜休み)

会期:2018年9月9日〜10月7日 オープニングパーティー9日16:00〜参加無料

会館時間:10:00〜19:00(初日は12:00〜、最終日17:00まで)月曜休館、月曜祝日の場合は翌日火曜

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コマーシャルな展示スペースではありませんが、その分親しみやすく楽しいスペースです。アートに興味はあるけど、いきなりコマーシャルギャラリーに行くのはちょっとなぁ、という方にお勧めです。

C.A.Pの近くにはびっくりするぐらい美味しい中華屋さんも多く、展示を見た後に中華を食べる!というのも良いコースだと思いますよ。天竺園と豊味園は特にお勧めです。お店の情報も記載しておきます。

 

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水餃子が有名ですが、個人的には海鮮系が特に美味しいと思います。落ち着いた店内でゆっくり食べれるのもいい感じです。お店の詳細はこちら

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元町ガード下、本格派なのに手頃な値段がうれしい中華屋です。お勧めは(辛いものとホルモンが大丈夫であれば)ハチノスの四川風炒め!お店の詳細はこちら

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神戸は遠いけれど、中華も美味しいし、気合いの入った展示も見れます!9月はぜひ神戸C.A.Pへ!!

アートを構築する語彙

80年代の終わり頃、もしくは90年代の始めの頃だったでしょうか。

当時私は小さな子どもで、大阪の鶴橋近くに住んでました。ちょうどその時、同じ場所で、かの森村泰昌氏がゴシックな女装をし、周りから奇異の目を向けられながら、何かよく分からないビラを配っていたのでした。当時の映像や画像が残っているかと思いネットを探して見ましたが、残ってないものですね。

森村泰昌(MのセルフボートレイトNo.56/B

昔、大学の授業でその様子を記録した映像を見ましたが、今でこそ観光地と化している鶴橋ですが、当時はまだ様々な社会的マイノリティが暮らしており、日本とは思えないほど異質な場所であったにも関わらず、そんな中でさえゴシックに着飾った女装の森村氏が一人完全に浮いてました。一番印象的だったのは、森村氏からビラを手渡されたパンチパーマにサングラスの、いかにも反社会的な強面の腰が完全に引けていたことです。

鶴橋という街は、(もちろん日本人もたくさん暮らしてますが)済州島四三事件から逃れて来た人達が暮らし始めた街、という風に聞いています。今でも駅を降りれば焼肉の煙で溢れ返っていたり、日本語以外の言語も聞こえてきます。

さて、様々な社会的マイノリティの人々は、今も昔も当然のように社会の中での立場が弱く、それ故謂れのない誹謗中傷に晒されることも少なくありません。当時の森村氏の装いは、ゴシックであることも、女装であることも思いっきりマイノリティでありその上さらに「異常」と見なされるものであり、完全に気持ち悪がられていました。その映像の中に映る、遠巻きに見ている人達の中には、国籍に関わらず、当時の社会制度や慣習により不当に不利益を被っていた人達も居たはずですが、そんな人達でさえ「こいつ完全にやばいやん!」って侮蔑を含んだ目で森村氏を見ていました。当時子どもの私がその場に居れば、変態やー!!と思いっきり思慮浅い言葉を投げて逃げていたでしょう。すべての人間に無意識的な差別意識が存在することを可視化した森村氏は、その後世界的に有名になります。

第二次世界大戦後、ユーラシア大陸側であった数々の戦争や紛争も、ある程度の落ち着きを見せ始めた80年代当時、数多くあった列強の植民地の独立も叶い、ポストコロニアルの文脈と1セットで、「差別」というテーマは現代美術の中でも大きな位置を占めていたようです。それは90年代から00年代前半くらいまで確かにそうで、当時同じ文脈でもう一つ、「ポリティカリーコレクト(Politically correct)」=政治的正当性、という言葉をよく見聞きしました。昔は今より、少しだけ厳格な言葉が多かったように感じます。

そこからさらに時間が流れ、00年代の中頃から後半にかけ、日本の現代美術の作品は明るく、ポップで個人的なテーマを中心とした作品が現れます。この頃から「現代美術」という言葉より、「アート」という言葉が目の前の作品をしっくり呼称していると感じるようになり、それと軌を一にするように、ポストコロニアルも政治的正当性も、厳格で政治的な響きを携えた言葉は「アートを構築する語彙」の中では周辺に追いやられたように感じていました。

しかし最近、久しぶりに「ポリティカリーコレクト」なる言葉を聞きました。しかも政治もアートも関係ない文脈で、ご飯を食べてる時の割と世間話っぽい会話の中で出たのです。厳密に言うと、それは「ポリコレ」と略されていましたが…

そういう略し方があるのは知っていましたが、ネットスラングとか皮肉でブラックな冗談ぐらいに考えていました。まさか「政治的正当性」が「ポリコレ」「ポリコレ棒」になり、日常会話の中に登場する市民権を獲得する日がやってくるとは、私は思いもよらなかったのです。

その言葉を使う人たちは、背後に暗さと、それを退けるための厳格さの張り付いた「政治的正当性」という言葉を、「ポリコレ」と略すことの「政治的に正当な」理由があるとでも思っているのでしょうか。初めて「ポリコレ」という言葉を知った時は、ゲームとかグラフィックデザインとか、そっちの界隈の言葉と思ったくらいです。最近はアートを語る語彙、文法だけでなく、日常のあらゆる言語感が口当たりよく、意味が削がれその分軽く、使いやすくなっているように感じます。時代の流れを考えれば、それはまた不可逆な事象なのかも知れません。

今、こうして振り返れば、当時の森村氏の作品=パフォーマンスは、日本の「現代美術」に見られる独特の口あたりの悪さ、文法的な歪み、すべり芸的なずっこけ感が全て詰め込まれていますが、それらとの対比で、コンセプトの重々しさ、厳格さが際立っていました。そしてそれは、現在の「アート」という、軽い言葉の内で語られるにはあまりにも、非抑圧者達の悲しみが深く染み付いた内容でもあったのです。

今では「現代美術」という言葉はほぼ使われなくなり、多くが「アート」という言葉に置き換わっています。しかし生まれて間もないこの言葉は、どこからどこを指し示すのか未だその範囲も怪しく、また自らを語るための語彙も少ないが故に、人間のどうしようもない暗さを包括する為の深さも足りません。これから範囲と意味を拡張、更新していかないといけない概念でもあるのです。

少なくとも、「アート」という概念を、「ポリコレ」という語彙の類いで語ろうとすることだけは、誰も許されないのです。

資生堂アートエッグ

もう去年の年末の事になりますが、資生堂アートエッグの公募に応募しました。結果は落選だったのですが、その時の展示プランをここに載せておきたいと思います。

その理由としては①かなり気合いを入れて作ったので誰かに見てもらいたい②次回応募を考えている人の為の参考資料として活用してもらいたい、の2点が挙げられます。

落選したからと言って、誰の目にも触れないまま忘れられるというのも何か悲しいです。また、自分が応募プランを作っている時、ネットで色々調べても参考になるような物(特に絵画のジャンルで)が無かったので、今回の応募プランを他の人のプラン作成に少しでも役に立ててもらえれば、という気持ちもあります。

まあ、落選プランなのでどの程度参考になるかは分かりませんが。。。

興味があれば一読下さい!!

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